注:近代史シリーズの締めくくりのはずが
この記事は、私の主義主張私利私欲丸出しです。
何か最近、愛国心という言葉をよく聞く。
愛国心とは、まさに文字通り “国を愛する心”。
だが、私が考える愛国心とは
“自分の生きるこの地に誇りを持つ” という意味。
人間に一番大切なのは、正しい誇りだと思う。
モラルに誇りがないから、万引きをする
立場に誇りがないから、イジメに加担する
仕事に誇りがないから、横領をする
社会的に誇りがないから、犯罪に走る
すべての悪行の基底には、“誇りのなさ” という原因がある。
自分勝手な誇りだけで、よその国にちょっかいを出して
迷惑を掛けている国も多いのに
パシリ扱いの国だと、いくら正論を唱えても、誰も耳を貸さない。
国民に支えられて初めて、国は存在を認められる。
誇りを持たない国は、世界で相手にされない。
真に世界の平和を望むのなら、まず自分の国を強化すべきだ。
愛国心は、国の維持には欠かせない。
ところが、日本への “愛国心” は
すぐ、右派や軍国主義に取られる。
誇りを持つ人が国を作り、その国を愛するのは当たり前なのに。
国に誇りを持てない理由のひとつに、敗戦教育がある。
カラーピープルなら誰も逆らえないはずの、白人に逆らい
欧米のアジア植民地化を、阻止しようとした日本。
太平洋戦争は、仕掛けられた人種差別戦争だったのだ。
戦後、GHQは日本人に洗脳教育をした。
いわば “治療” だな。
これはアメリカ側から考えれば、正解だと思う。
日本人の特性は、和を重んじるがために
黙ってギリギリまで、我慢して我慢して我慢して
限界を突破したら、いきなりブチ切れる。
こんなヤツ、危なくてしょうがねえ。
(皮肉な事に、戦後の欧米教育のおかげで
今は、途中で控えめに意見を言えるようにはなったが
それでもこの性質は消えてはいない。)
この敗戦教育が今でも根強く残っている。
負けたから、悪人だと思い込まされている。
国民はいつまでも反省し続ける。
一体いつまで日本は敗戦を背負っていかなきゃならないんだ?
争い事は、必ず双方に言い分がある。
世界レベルで、当時の歴史を見てみたら
決して、日本のみを責めて済む状況ではない。
いや、永遠に追求され続けなくてはならない、と言うのなら
日本も元寇を憎み続けていいのか?
東京大空襲や原爆の補償をせびるか?
それどころか、やってもいない事でも
これを言われ続けているのが、今の日本なのだ。
戦後補償など、形を変えてやってるぞ。
形を変えさせられたせいで、いつまでもねだられている。
てか、何の補償だよ、と聞きてえよ。
「アジアで一致団結して戦おう」 という日本の提案を
「うちの属国のおまえが何故仕切る」 と、蹴ったのは中国だ。
戦争をした日本も、バカ決定で構わん。
しかし、あの時代のあの情勢で、他にどうしろと?
あの時代は、世界中が戦争を満喫していた。
まさに戦国の世である。
発達した技術を武器に、白人が世界中を乗っ取ろうと
侵略しまくったのが、あの乱世の始まりである。
彼らが植民地に狙ったのは、後進国の有色人種の国ばかり。
だが日本は、他国を尊重し独立を支援した。
この違いを見ると、日本は元々差別意識の少ない国だとわかる。
逆に、四方八方から差別されまくっていた事もわかる。
当時の日本は、資源不足の島国であるために弱かった。
今の日本は、敗戦国の歴史を引きずり弱い。
もし、奴隷になれと言われたら、今ならそれでもいいか?
日本という国がなくなっても、もう諦めが付くか?
二度と戦争を起こしたくないのなら
近代史を、もう一度学び直すべきである。
(“歴史は繰り返す” と思えて、現在の世界情勢が恐くなるぞ)
そういう意味で、過去の戦争を忘れてはならない。
日本は、国民が愛するにふさわしい国だった。
これを非難するのなら、過去の歴史上
世界中どこにも賞賛される国などない。
「勝てば官軍 負ければ賊軍」
何をしても勝ちさえすればいいのか? という話になる。
何故、日本人だけが祖国を誇ってはいけないのか?
私も何の疑問もなく、「日本が戦争を起こしたんだー?」
ぐらいにしか、認識していなかった。
だが、TVで従軍慰安婦問題をしきりに放映しているのを観て
ふと、ものすごい違和感を感じた。
「これが本当なら、まずは韓国国内での問題じゃないのか?
何故いきなり、日本に持ってくる?」
こう思ったのは、韓国と日本が国交を結んでいたから。
そこで初めて、当時の歴史を調べようと
賛否両論、さまざまな本を買って読んだ。
報道を否定するなら、本だって怪しい。
信じるのは、自分の判断だけだ。
私の支持する基準は、感情は排除し
事実を冷静に立証できてると思えるもの。
そうやって何冊も読んでいった結果
歴史は歪められている、という結論に至った。
私の話に、ソースはないに等しい。
当時読んだ本は全部、売っちゃったのだ。
どの本を読んだか、何年に何があったか
詳しい事は、すっかり忘れてしまっている。
ただ、脳内でその情報を分析し、取捨した結果しか残ってないので
きちんと説明はできない事が多い。
こういうヤツの言う事など、誰も真には受けないし
人間ってのは、一度思い込んだ事はなかなか見直さない。
まず、自分自身が迷いを持たないと
わざわざ調べて考えようなど、思わないから。
それをしてやっと、洗脳から解けるのだ。
だから私は時々こういう場で書いて、疑問の種をバラ撒くだけ。
1粒でも芽吹くのを願って。
国を憂えて、真の平和を願うのなら
報道や、(特に) 私の言ってる事を鵜呑みにせず
色んな資料や文献で調べてほしい。
私の場合は、日本擁護の考えになったが
今後も勉強していくので
今の意見が、どう変わっていくかはわからない。
多分、調べても調べても、真実は見つからないのかも。
そこで立ち止まらなければ、その時その時の自分の意見が
“真実” で良いんじゃないのかな。
常識と信じていた事に疑問を持った事
報道に違和感を感じた事
問題によっては、国と個人と分けて考えなければならない事
物事はすべて、世界規模で見る事
これらに気付いた事は、私の誇りになっている。
私は、彼らの子孫である事に、日本人である事に誇りを持つ。
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