最初に断っておくが、私は暴力的に思われるだろうが
人に対してバイオレンスを展開した事はない。
ただ、噛み犬に力で対抗していた事で
私の中の暴力的要素が開花してしまったのは否めない。
そんな私だから、時々大暴れしたくなるが決してしない。
そりゃあもう、こいつ叩きのめしてやろうか、と、思う事もある。
DV野郎だったら、既に殴る蹴るだろう。
何故、私は我慢できるのか?
それは、予想ができるから、のような気がする。
いくらブチッときても、そこで感情のままに暴れたら
・相手を傷つけるだろう
・暴れ終わった後に、自己嫌悪に陥るだろう
・周囲に自分の神経を疑われるだろう
・人間関係に支障が出るだろう
ザッと考えただけでも、これらの事が瞬時に想像できる。
そして、その結果は間違いなく悪い、と、予想が付く。
DV野郎は、自分の言動に対しての周囲の許容量を過大評価していて
それは以前書いた “永遠感” のズレが原因だと思う。
DV野郎に 「結果を予測して理性を保て」 と、望むのは
「死刑制度が犯罪防止になるか?」 の命題と
似ている部分があって、難しい問題だろう。
DVは、癖になる。
最初に許されたのなら、一生許されると認識してしまう。
では、殴りたくなるヤツはどんなヤツか?
私の場合は、ネチネチ、ウジウジ、オドオド、ビクビクしたヤツ。
イライラして、「シャキッとせんかい!」 と
叩き直してやりたくなるが
ここでも、その前に 「自分は何様だ?」 と、思うんでしない。
人間関係でまったくの5分5分ってのは、案外ない。
付き合っていく内に、知らず知らずに強弱が出てくる。
その比重が、どっちつかずでバランスが取れてるのが理想だが
天秤が片方に傾いてしまうと、勘違いが始まる。
単に性格の違いなのに、相手が自分より弱いとナメてしまうのだ。
そして、ここからがよくわからないので想像なんだが
DV野郎ってのは、融通が利かない思い込みの強いタイプだと思う。
普通なら、人間には色んな面があるとわかっているので
相手に情けない部分があっても
それはそいつのほんの一部分だと認識して、許していける。
てか、自分にも色々と不祥事があるので、お互い様だ。
でもDV野郎は、どうも白黒でしか判断できないようである。
それも、オール全開の自分基準でだ。
そして一旦相手を判断したら、その評価は変わらない。
こんな思考回路だから、永遠感が強いのであろう。
DV野郎に暴力を振るわれないためには、まずナメられない事。
一度ナメられたら、その評価は
よっぽど驚愕するような状況に持っていかないと
多分、逆転させるのは難しい。
しかも、DV野郎の相手をナメるハードルはすげえ低いから
一瞬たりとも気が抜けない。
そして、所有されない事。
安定感のある関係を築かないに限ると思う。
私が所有される事に抵抗がないのに、DVに遭わなかったのは
きっとこの安定感を出せなかったためだと思う。
いや、結果的には吉なんだがな。
最初に 「私たちの間に永遠なんかない。」 と、洗脳しとくべきだが
(そんな関係もイヤだが、殴る蹴るよりマシだろう。)
問題が発覚するのは、大抵が既に所有された後なんで
これは打つ手なしだ・・・。
やっぱり、DV野郎とはさっさと別れるに限る。
付き合ってると共依存状態になって
自分を卑下しながら生きていく事になって
それはもう、マトモな人間の道じゃないと思う。
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