毎年この時期になると、ここでグチっている気がするが
よそでも、やってしまう恒例行事がある。
友人知人たちに、「もうコタツを入れて良いと思う?」 と訊くのだ。
で、毎年 「まだ早いんじゃない?」 と答えられる。
私の調査した範囲では、関西のコタツ導入は11月ぐらいらしい。
それまで、この寒さに耐えなきゃいかんのか? と悩む。
とてもおかしな話である。
寒けりゃ自分の判断でどうにでもすれば良いものを
何故、人に同意を求めるんだよ?
それは、私の質問と嘆きに必ず言われる言葉が原因である。
「今からそんなやってたら、真冬はどうするの?」
どうやら、初冬である程度寒さに慣れておかないと
冬真っ最中の寒さに耐えられずに苦労する、という説があるらしい。
これは果たして本当なのだろうか?
私的には、10月から4月ぐらいまで常に寒いんだが
これは、いつもシビレを切らして早々と暖房を入れてるせいなのか?
真相はわからないけど、何となくこの説が気になって
どっかからの許可が下りないと、安心して暖房を入れられない気分なのだ。
まあ、毎年最後には助言してくれる人々に
「やっとられるかい、とにかく寒いんじゃあ!」
と、逆切れして、冬仕度を始めるんだがな。
今年はその怒りを抑えようと、肌着を購入した。
本当なら裸族でいたいぐらい、体を締め付けるのが嫌いなので
肌着は、真冬でも半袖Tシャツ1枚だったのだ。
ババシャツとか、もちろん買ったさ。
だけど女性用のインナーって、何でああフィットしまくるんだ?
保温には密封性が必要なのはわかるが
苦しくて苦しくて、1度着たきりタンスのコヤシだぜ。
それで、せめて長袖Tシャツにバージョンアップしよう、と
スーパーの衣料品コーナーのメンズ売り場に行った。
メンズのMやLならラクに着れるだろう、という魂胆で。
すると防寒用Tシャツという売り場があって
裏地が起毛になっている普通の長袖Tシャツが置いてあったので
メンズのMを買ってみた。
これがものすごく温かい。
今まで半袖Tシャツでよく耐えてたな、と言うぐらい違う。
色気もへったくれもないが、外出用にも数枚買いたい。
それが10日ぐらい前の話で、今すんげえ寒い。
もうTシャツごときじゃ、今のこの時期、暖房なしではしのげない。
これはモモヒキの類も必要じゃないか? と思うが
何を守っとんのか、そこまで踏み切れない自分がいる。
しょうがないので、レッグウォーマーを履き
以前かあちゃんが送ってくれたターバンか何かわからん
パイル地の輪っかを首に巻き、景品で貰ったフリースの布を腰に巻き
自分を誤魔化そう誤魔化そうとしていたが、それも虚しく
とうとう夕べ友人に電話して訊いてしまった。
「もうコタツを出して良いと思う?」
友人の答もいつもの、「11月半ばぐらいじゃない?」 で
ブチッときた私は、「この現代社会で通常の家屋に暮らしてて
何でこんな凍える思いをせにゃいかんのだ!」 と、怒ったのに
その渾身の雄叫びを 「何を八つ当たりしてんの」 とサラッと流されて
私の友人、強えええええええええええええ!
むせび泣きつつ寝たさ。
しかし本当に皆、この寒さが平気なのか?
確かに私は贅肉筋肉がなく、冷え性で低体温症だけど
そこまで体感温度って違うものなのか?
街を行きかう世間の人々も、えれえな薄着で
こっちはもうコートを着たいのに、浮きそうで着られない。
そして本当に人体は “寒さに慣れる” って事があるのか?
寒さにも暑さにも慣れている気がしないのだが
私に忍耐力が足りないだけなのか?
何かズキズキと、イヤな頭痛がするんだが
寒さを我慢してて、風邪を引きかけてる気もするんだよな。
暖房、個人の判断で入れて良いもんなのかなあ。
最近ずっと考えてるのが、こんなもんのすげえくだらん悩みで
我ながら情けないが、くだらん事で悩めるのは
重大な問題が発生していない証拠で
これはこれで平和で良い事なのかも、と思うのも欺瞞だろうか。
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