ジャンル・やかた 2

いきなりの “コレ” で、どう説明しようかねえ。

振り向いたローズの目に映ったのは
体育座りをして、うつむくアッシュだった。
驚くローズにアッシュがつぶやく。
「自分の殻に閉じこもって良いですかあー?」

「えっと、あんたの反応、よくわかんないんだけど・・・。」
どう扱っていいか困り果てたローズに、アッシュが畳み掛ける。

「だって私、ホラーファンですもんー。
 何かもうよくわかりますもんー。
 ありがちですもんー、先、読めますもんー。
 何これ?何これ?言ってる間に、次々に周りが殺されていって
 運良くラスボスを倒せても、最後の最後に大どんでん返しになって
 『キャアアア』 とかなって、エンドロールでしょうよー。」

言いながら、自分がとても不憫に思えてきて
涙が溢れてくるのみならず、鼻水まで滝落ちし始め
“涙ながらに訴える” にしては、同情しかねる汚い事になりつつも
気持ちがどんどんエスカレートしていき、しゃくり上げながら続けた。

「私が主人公って限らないじゃないですかー
 脇役だったら、シャワーを浴びただけで殺されるじゃないですかー
 風呂にも入れず、わけもわからんと、ただ殺されるなんて
 リアルであって良いんですかあー?」

もう、ここでローズの方こそ、意味がわからなくなっていたが
エキサイトしたアッシュは構わず叫び続ける。
「大体、あなただって味方だとは限らないじゃないですかあー?
 安心させといて、ラストで鬼のような顔で振り向く、とか
 すげー危なくないですかー?」

こういう時の女性は、自分でも何を言ってるのかわかっていない。
アッシュもそのせいで、後のフォローが大変な人生なのだが
今回はさすがに自分を全解放しても、しょうがない事態ではある。

ローズがアッシュを、異質なものでも見るような目をして見つめていて
アッシュもそれを感じ取っていた時に、声がした。

「おいおい、ローズ、大変そうだな。
 今回はキチガイのお守りかい。」

その言葉が耳に入り、脳がその意味を理解できた時
アッシュはこめかみあたりで、ピチッと音が鳴った気がした。

「ああああああああああああああああああああああーーーーーーーーー」
叫びながら、アッシュは声の元に突進して行った。
いつ手にしたかわからない棒状のものを相手に振り下ろす。

手の平と肘に、衝撃とともに鈍い痛みが走ったが
叫び声を上げながら、何度も何度も棒を振り下ろした。
「あーっ! あーっ! あーっ! あーっ!」

それは正に、人が狂気の底に陥った瞬間で
見ている人には身震いするほどのおぞましさがあった。

だがそんな状態になりながらも、自力で我に返る事が出来るアッシュは
ある意味、冷静さを失わない種類の人間である。

しかし、目の前に横たわる小柄な男性の血まみれの顔面を見て
再びパニックを起こした。
「やってもたーーー! やってもたーーー!」

今まで交通違反も犯さず、真面目に生きてきて
むしろ善人系統だったのに、いきなり殺人者に転落かよ!

抱えた頭を前後に激しく振るアッシュの姿は
どっかの部族の儀式の踊りのように見えて
ローズは言葉すら出ないほど、呆気に取られた。

が、アッシュの脳内では、そんな事はお構いなしに
グルグルと計算が働いていた。

いや、これは突発的な危機回避であって
凶器もそこらへんにあった物だし、殺意はなかったと
凶器、凶器、あっ、何かあるはず!
アッシュは倒れている男を見る。
手には、釘が何本も貫かれた角材が握られている。

これ! これは死ぬよね! 計画的な殺意ありとかだよね!
正当防衛だよね! でも殺しちゃったら過剰防衛になるわけ?
でもこの状況じゃしょうがないよね! 茫然自失だよね!
あっ、あっ、あれ! あれ! あれだよね!

ガッと立ち上がって、ローズの方をグルッと見て叫ぶ。
「心神喪失だよね!!!」

よしっ、これで過失致死可能!
前科もないし、もしかしたら執行猶予が付くかも知れんし
最高で責任能力なし無罪、もしくは精神の治療か何かで済むかも!!!

ローズの方が、遥かに動揺していた。
通常とはかけ離れた言動をするこいつに、どう対応すれば良いのか?
今すぐにでも白旗を揚げたかったっが、それは出来ない決まりで
何より失態が続けば評価が落ち、ここで生きにくくなる。

「と、とにかく、住居フロアに行くよ、あそこなら安全だし。
 とりあえず、ここは人目が多すぎるからマズい。」
「はあ? 人目ーーーーーーー? 何だよそれ
 私には人の視線なんてわからないんだよっ!」
「視線じゃなくて、実際に見てるから!」

アッシュが吹き抜け上部を見回すと
2階や3階のフロアの手摺りから、男女合わせて20人ぐらいが
こっちを見下ろしている姿があった。
「ああっ! マズい、目撃者があんなにーーーーーーっっっ!」
「だから、さっさと行くよ!」

アッシュの腕を掴んで、ズンズン歩くローズにアッシュが叫ぶ。
「死体はー? 死体遺棄まで付いたら困るーーーーーっ!」
「向こうの死体は片付け屋が来るし
 あんたのやった方は誰かが手当てするから!」
吐き捨てるようなローズの答に、アッシュが腕を振りほどき
倒れた男の元に駆け寄って、手の脈を取った。
が、どこが脈かよくわからないので、口に手をあてたら呼吸をしている。

「やったー! ラッキー! 生きてる! 生きてるよ!
 過失傷害ゲーーーーーーット!!!」
いいから! と、ローズが再びアッシュの腕を掴む。

見物していた人々の反応は様々だった。
「ヘンなヤツが来ちゃったねえ。」
「特例だしな。 にしては異質だがな。」
「ありゃあ大変だー、ローズも苦労続きで気の毒に。」
「ローズ、良い気味さ。」
「なあに、すぐ終わる。」

小走りに急ぐローズに手を引かれ、階段を上り廊下を行く内に
過失傷害に浮かれた頭もだんだん冷め、周囲がよく見えてきた。

長い廊下は、各部屋のドア部分と窓、それに中央に出来た獣道以外は
まるで雪国の道路の雪かきのように、ゴミが脇に積み上げられている。
家具や調度品、布、箱、紙、何だろう、金属の部品のようなもの。

玄関ホールも、階段もそうだった。 この館全部がこうなのか。
これだけの荷物を、一体どこから集めてきたのか。
恐らく臭いも、ものすごいはずだが
パニックが続いてる時に鼻が慣れてしまったのか、よくわからない。

と言うか、私は一体何をしているんだろう?
そう気付いた途端、アッシュの心は急速冷凍された。

「あの、鎌・・・ローズさん、今どういう状況なんでしょうー?」
「? 今、安全な場所に急いでいる最中さ。」
「私は何も教えてもらえず犬死にですかー?」
「犬死に・・・、あんた結構、把握できてるんだね。
 それだけでも随分安心できるよ。
 心配しなくても、あたしの知っている事は教えるから
 とにかく今は居住区域に急ごう。
 あそこは安全だから襲われる事はない。」

ローズの言葉の端々から、ここでは規律が存在するんだ
と、アッシュにはわかった。
無秩序ほど恐いものはない、という事をアッシュが知っているのは
ひとえにホラー好きだからである。

奥が深いようで浅いアッシュ、どうなる?

続く。

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