ジャンル・やかた 5

食堂のドアは3ヵ所あり、全部開きっ放しだった。
中は10席ずつの長テ-ブルが、6個並んでいる。
覗き込むアッシュを、テーブルに付いていた数人が黙り込んで見る。

端が調理場のようで、しきりのカウンターの上には
惣菜やパンが大皿に山積みになっている。
バイキングなら食えそう、とアッシュは喜んだ。
TVで観るアメリカンハイスクールの食堂に憧れていたのだ。
ま、あいつら食い過ぎだけどな、アッシュはフフンと笑った。

驚いたのは周囲の人々である。
大体のいきさつは聞かされている。
肉親が相続途中で死に、何も知らされずにノコノコやってきて
暴力に巻き込まれたあげく泣き喚き、ブチ切れて暴れた女性が
直後に飯を食いにきて、その上何やら楽しそうなのだ。
その変わりようは、人間業とは思えない。

「すいませーん、これ、おいくらですかあー?」
厨房にいたウェイトレスがビクッとして答える。
「金はいらないよ。」
「あ、そうなんですかあー、ありがとうー、いただきまーす。」

アッシュがトレイに乗せたのは、ホワイトシチューの皿と
パン2切れ、フライドポテトだった。
窓を背にして座った途端、「あっ!」 と叫び
隣のテーブルにいたじいさんをビクッとさせる。

キョロキョロあたりを見回して、水道のところに行く。
どうやら手を洗いたかったようだ。
席に戻り、トレイに向かって拝んでから食べ始める。

実にナチュラルなその姿を、じいさんが固まったまま見つめていると
アッシュがグリンと振り向いて、訊ねた。
「ここ、いつでもご飯があるんですかあー?」
じいさんは思わぬ先制攻撃に、つい流されて答えた。
「う、うん、いつでも開いてて飯があるよ。」

「へえー、すんごいシステムですねー。
 部屋に持ち帰っちゃっても良いんですかねー?
 パンとか茶ぁとかー。」
「あ、ああ、うん、食器をちゃんと返さんといかんが。」
「洗って返すんですかー?」
「いや、洗わんで良い。」
「へえー、それ、嬉しすぎる設定ですよおー。
 ヒッキー天国みたいなー?
 兄がここに来た理由がいっちょわかったですねー。」
じいさんは、宇宙人と話しているような気分になった。

「あんたさ、これからどうすんの?」
向いのテーブルに座る若い女性が、大声で訊いてきた。
「えっと、ポテトとコーヒーを部屋に持ち帰ろうかとー。」
「バカ! 今じゃないよ、今後だよ今後!」
「さあー? よくわかりませーん。」
「ローズから話は聞いてないの?」
「聞いたかも知れませんけど、よくわからないんですー。」
「ああ、そうか、飲み込めてないからノンキなんだ。」
訊いた女性も他の人間も皆、失笑した。

あははー、と一緒になって笑いつつも、アッシュは思っていた。
ナメられてなんぼなんだよ、新参者はよー
ヘタに警戒されるより、まだバカにされてる方が安全ってもんさ。

やたら腹黒い考え方だが、これがアッシュのいつものやり方だった。
空気を読む能力に乏しいから、開き直ってハナから読まない。
周囲にも “読めない” と認識されていた方が、ラクに立ち回れる。
アッシュの間延びした喋り方も、ボケッとした表情も、ザツな性格も
そのやり方に合っていた。
お陰でアッシュは、どこに行っても
自分の立ち位置だけは、自分でコントロールする事が出来てきたのである。

その頃、ローズの部屋に客が訪れていた。
アッシュが飯を食ってる、と、わざわざ知らせに来たのである。
ローズは冷たく言い放った。
「放っときな。 あいつはバカだから。」

忠告者が首を振りつつ退室した後、ローズは何故か憂うつな気分になった。
グレーもそうだったけど、妹の方も何となく厄介そうだね・・・。
守護など引き受けなかった方が良かったかも。

でも、どうせここに来るヤツは皆おかしいし
既にグレーで、私の立場は良いとは言えない状況だし
・・・・・・罪悪感ねえ・・・・・・。
いや、手を汚さない誰もが言うそんな言葉を気にしてたら
生きては行けない。 ここでは。 そう、ここでは!

ローズは思い直したように立ち上がり、窓から食堂の方向を見た。

続く。

関連記事: ジャンル・やかた 4 09.7.2
      ジャンル・やかた 6 09.9.9

Comments

“ジャンル・やかた 5” への4件のフィードバック

  1. まりのアバター
    まり

    小説更新楽しみにしています!

    もし「続く」のでしたらよろしくお願いします♪

  2. あしゅのアバター
    あしゅ

    あっ・・・、すっかり忘れてたーーー
    ・・・って、ええっ、読んでる人がいたんか!!!!!

    ものすげえ驚いたよー。
    いや、夢の内容をかなり忘れてしもうとるんだが
    続けるとしたら、えれえ長くなりそうな気配がー。

    ちょっと頑張ってみる。

  3. のとのアバター
    のと

    一昨日ここにたどり着きました。あしゅさんて面白いかたですね。
    続き期待しています。

  4. あしゅのアバター
    あしゅ

    のと、ようこそーーー!

    すぐにコロッと忘れてしまうけど
    続くよう、頑張ってみるよー。
    ありがとー。

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