“秘密のケンミンショー” とかいう番組を知っとるか?
たまに観るのだが、私のよく知ってる場所の話で
はあ? ねえよ! というのを、ある! とやってたんで
この番組は、やらせとまでは言わないけど
一部の人の奇妙な習慣を、さも全体のように大げさに言う
と理解して、聞き流していた。
最近は、「○○県○○地区では」 と、限定しているようだが
クレームがついたための策だろうな。
先週もたまたまこの番組が流れていたんで、チラ見したんだが
翌日さっそく、大阪人に言われた。
「ちくわにポテトサラダを・・・」「ああ! それ、ウソだから!」
と、最後まで聞かずに覆いかぶせて否定したさ。
確かにあの店も、そういう食い物も、あるのは知っている。
あの店は、行楽用の総菜屋さんで、言わばドライブインの進化版なのだ。
しかしな、これは熊本の店全般に言える事なのだが
その・・・あまり美味くないんだよ。
よっぽど飯を作りたくない時に利用するものであって
定番とか流行ってるとか、聞いた事もない。
私が熊本を離れてから流行ったんかも知れんが
タピオカだの白いタイヤキだのも
知り合いに訊いても、「そうなの?」 と逆にこっちが訊かれたから
ちくわにサラダも怪しい話だと疑っている。
と言うかな、この番組であんだけ悪口を言われている大阪人が
同じ番組内の他県の話を信じるとは何事ぞ?
自分ちの事で、ウソ大げさまぎらわしいが言われたら
他の地域の話も怪しい、と思うべきなんじゃないか?
自分とこだけ、捏造されてるって思うんか?
まあ、そう思うのも無理はないかも知れない。
熊本なんぞ、たわいもない食い物の話で済んでるが
大阪にいたっては、私が観たのだけでも
「値段で評価を替える」「食い物の匂いを嗅ぐ」 だもんな。
これさ、すげえ悪意だと思うんだが、大阪人は何で怒らんのだ?
私はこの手の話を、いちいち現地人に確認しているけど
熊本市民は、「流行ってないわよ。」 と即刻さらりと断言する。
何ちゅうか、同じ熊本人でも生粋の熊本市民は
自分とこが中心、と思っているので、自分に当てはまらないものは
自信満々で否定する傾向の人が多い。
大阪の話の場合は、それが未確認情報でも知らない内容でも
大阪府以外の関西の人は、「ああ、大阪の話でしょ?」 で済ませ
大阪府民は、「大阪のどこの地域?」 と、まず訊く。
うちはやってないけど、お隣ならわからないものよね、といった感じで
何かもう、全員が他人事なのだ。
これ、ものすごく間違っている反応だと思う。
他の地域の人たちは、兵庫も京都も大阪も奈良も滋賀も和歌山も
関西人が想像する以上に、ひとくくりに “関西” で扱ってるんだぞ。
100m四方の内の1cm区画がいたらん事をしたら
その100m全部、いたらん事しいの区画になるんだ。
これが風評というやつで、それを甘く見て放置しているから
何かと言えば 「関西人は」 と言われてしまうハメになっとるんだ。
それに関西は悪く言われすぎ!
私も移住するまでは、関西は治安が悪くてお金に汚くて騒がしい
と、心の底から信じていた。 かあちゃんも大反対したさ。
だけどな、実際は全然違うぞ。
そりゃ治安は都会になるほど悪くなるさ。
お金に汚い、というのは多分、経済感覚がきっちりしてるせい
騒がしいのは、ババアはどこのババアでも集まるとうるさいだけ。
問題は、こんな事を何でそう悪く言われにゃならんのだ? ってとこ。
どうも関西は、日本のスケープゴートにされてないか?
人間ってのは不満を我慢する時に、自分より不遇な状態を見て
安心したり反省したりするものだ。
「○○よりマシ」「○○の大変さを思えば自分は甘い」 等。
日本は、その○○に “関西” を入れようとしていないか?
えらい、うがった見方をするようだが
それを感じるのが関西人じゃない私、ってとこに信憑性がないか?
あるわけないか、よりによって “私” だもんな。
当の関西人が気にしていないのに
関係ない私が怒っているのも、いらん世話かも知れんしな。
でもケンミンショーの、大阪の話題はひどすぎると思う。
食い物の匂いを嗅ぐなど、「どこのしつけの悪い家の話なの?」 と
私の知人の大阪人は嘆いていたぞ。
多分、関西人は “ネタ” として、大らかに流しているんだろうけど
他の地域の人々は、“マジ” で受け取っている。
人格に関わる事などは、クレームを入れた方が良いと思う。
公共の電波で、ごく一部レベルの話を誇張して流すという
個人の世間話のような事をしてもらったら困る。
TVに映っている事は全部真実、と思い込む人も多いのに、ほんと心配。
こんなわかりきった注釈はしたくないけど
ここでの話は、私周囲の狭い世界での事である。
私は “個人的” に、番組を否定している。
これと同じレベルの事をTVでするのは
影響が大きすぎて洗脳も同然だ、と言っているのだ。
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