ジャンル・やかた 7

両手で顔を覆ったままのアッシュの肩が、ブルブル震え始めた。
無理ないよね、肉親の死の詳細を聞かされたんだから。
ローズは黙って見守ろうと、紅茶をひと口飲んだ。

「ふ・・・ふ・・・」
アッシュの口から、嗚咽が漏れ始める。
泣くだけ泣きゃ良いさ、とローズが言おうとした瞬間
「ぶぅわっはっはっはっは」
と、アッシュが大笑いをし始めた。

目を丸くして固まるローズに、アッシュが爆笑しながら話す。
「すっ、すいま・・・あーっはっはっはっは
 わら・・・ちゃいけ・・・ない・・・はははははは
 思う・・・けど・・・・、あはははははは」

かなりの時間ソファーの上で、腹を抱えてのたうち回った後
アッシュがちょっと落ち着いて続ける。
「だって、この状況って簡単に殺されるわけでしょうー?
 それを・・・わざわざ何でそんな意外な死に方・・・ブブッ を
 しかもよりによって、何でそんな ハハハハ それ以上ないぐらい
 情けな・・・ アーーーーーーーーッハッハッハッハ」

再びアッシュは爆笑し始め、意図を理解したローズもつられて笑う。
「だよねえ? あたし、絶対口にしなかったんだけど
 情けないよねえ? あーーーーーーっはっはっはっはっは」
「不謹慎だけど・・・あははははははは、ありえねえーーーーっ」

ふたりで、ひとしきり大笑いした後、食欲が出たのか
アッシュは、あー腹痛え、と言いつつ、涙を拭きながら
卵サンドをモソモソ頬張った。

トレイの上の食料を平らげた後、ローズが切り出した。
「で、あんたこれから何をするんだい?」
「あ、ひとつ質問があるんですがー。」
「また質問かい? あたしゃ武闘派なんだよ。
 あれこれ喋るヒマがあったら、とっとと動きたいねえ。」

「ローズさん、気持ちはわかるんで、ほんと申し訳ないんですけどー
 私はわかってて来た人たちより、状況的に厳しいと思うんですー。
 死なないための、最低限の情報が欲しいんですー。」
「まあ、そうだろうね。
 わかったよ、知ってる事は答えると言ったし、何だい?」

「敵と味方と中立の人の見分け方は何ですかー?」
「ああ、それは私にもわからない。
 志願もあるけど、主の指示で決まるようだね。」
「途中で役目が変わる事はあるんですかー?」
「さあ? よくわからないね。
 ただ住居区では、敵も味方も普通に応対する決まりだよ。」
「あっ、ここ3階ですよねー? 他の階は何があるんですかー?
 見取り図ありますかー?」
「ごめん、正直に言うけど、それは言っちゃいけないんだ。」

あー、やっぱダンジョン攻略のカギはマップだよな。
ローズは掃除係、館内のつくりが頭に入っていないわけがない。
逆に言えば、ローズ攻略が出来るかがカギ、って事か?
アッシュは考え込んだ。

「ローズさん、もし万が一私が主に会えたとして
 その時のあなたのメリットって何なんですかー?」
「館内での地位が上がるらしいんだ。」
「らしいー? 噂ですかー?」
「あたしがここに来てから、主に会えたヤツがいないからさあ。」
「え? 今までに相続者って何人ぐらい見ましたー?」
「えーと、記憶にあるのは・・・、護衛をした時だけだねえ
 他はよくわかんないねえ、関わってない時も多かったからねえ。」
「去年は何人来ましたー?」
「3人? 4人? 本当にわかんないよ。
 去年は1度しか参加してないしさ。」

「ローズさん、ここに来て何年ですかー?」
「うーん、あたしが来たのは何歳の時だったかねえ?
 子供の頃の記憶はないんだよ。」
「子供の頃・・・ですかー・・・。」

こ・・・これは思ってたよりも遥かに難関な気がする!
と、アッシュは青ざめた。
何も知らない自分には、攻略はほぼ不可能だとしか思えない。

「敵味方、平均何人ですかー?」
「あのさ、そういうのは知らされていないんだ。
 味方は私ひとりだと思って良い。 多分、他にはいないはず。
 ただ敵は、あんたを居住区以外で見かけたら、殺しに来る。
 私を狙うんじゃなく、あんたを狙うんだ。
 それだけは頭に入れときな。」

ダメだ、私には無理すぎる。
アッシュはそう確信したが、諦めを口にするのは
このたったひとりの味方すら失う事になる。
何とか表面だけでも取り繕わねば、半年の寿命が分単位になってしまう。

寿命・・・、最長半年の寿命って、言われると結構キツいな・・・。
アッシュは引きつりながらも、笑みを浮かべた。
その姿は、ローズには余裕の表われに見えた。

「わかりましたー。
 ちょっと調べ物をしますので、また何かあったら訊きに来ますー。
 動くのは、早くても明日以降になると思いますので
 もう少し待っててくださいねー。」
立ち上がるアッシュに、ローズは頼もしさすら感じたのは
アッシュの無表情さと、場にそぐわない笑みのせいであろう。

アッシュは無言で、ローズのトレイも一緒に持って部屋を出た。
食堂までの廊下を、視点を真っ直ぐに保ち
目の端だけでカメラの存在を確認していく。

カメラはひと部屋おきに、方向を逆に左右に1台ずつ設置してある。
食堂のカメラは確認できるだけでも6台、厨房にもあるだろう。

カウンターのトレイ返却場にトレイを置いたあと
食事をしている数人をチラッと見た。
成人の男女で、全員が労働者風である。

「あっっっ!」
アッシュの大声で、食事をしている者全員がビクッとした。
厨房にいる中年女性に向かって、アッシュが訊ねた。
「すいませーん、ここ、ご飯出ないんですかあー?」
「ご飯?」
「お米ですー。 ライスー、パンじゃなくライスー。」
「ああ、米ならサラダでたまに出すよ。」
「ダメです! それは本来の食べ方じゃない!
 お米は主食なんですよー。 私、ないと、ほんと辛いんですー。
 お米、パンと別個に出してくださいーーー!」

アッシュの勢いに押され、女性が当たり障りなく終わらせようとする。
「あ・・・ああ、じゃあ訊いとくよ。」
「絶対ですよー? プロミスですからねーーー。」
アッシュが小指を立てながら食堂を出て行った後
しばらくあたりは静寂に包まれた。

誰からともなく、口を開く。
「よくわからんが・・・。」
「何となく不気味だね・・・。」

続く。

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