何をどう勘違いされとんのか
周囲からは、“味にうるさいヤツ” だと思われてる私だが
これはある意味、当たっている。
味にうるさい = グルメ ではないからだ。
単に自分の好みがはっきりしているだけだ。
そんな私が今回カミングアウトするのは、麺のコシ。
麺と言っても、色々な種類があるが
偏食の私でも、嫌いな麺類は不思議とない。
問題は、麺のコシなのだ。
こっから真っ当な事を言い連ねると思ったら、大間違い。
上に “カミングアウト” と書いとろうが。
案の定、ロクでもねえ好み披露なんだよっ。
まず、スパゲティとそうめんとラーメン、これは固めが好き。
インスタントラーメンなど、バキボキレベルが望ましい。
逆にうどんとソバは、柔らかめ希望。
そして私が普通と違う好みなのは
麺 に コ シ が あ っ た ら イ ヤ なのだ。
中でもうどんとソバは、箸で引っ張るとブチブチ切れるような麺が良い。
これを言うと、ほぼ全員が驚く。
特に関西はうどん好きが多いらしく
それもコシの強い讃岐うどんを好んで食べるので
私のこの邪道麺は、絶対に理解されない。
TVでイタリアの女優がスパゲティを食ってて
「美味しいけど、これはアルデンテではない」
と、やたら厳しい事を言っていたけど、ものすごく共感できた。
ただし主張の内容は正反対だけどな。
コシのある麺も美味しいけど、食いにくいのである。
たとえば、ソバはあまり噛まずにツルツル飲む
とか言うのが、正式な食い方らしいが
ほんとすいません、それは出来ません、と土下座したい。
麺もとことん噛み砕かないと、飲み込めない。
コシがある麺は、噛み砕きがとても面倒くさい。
これが寿司とか刺身のイカやタコなら
おかずの一部で量が少ないので、まだ根気も続くけど
麺は主食だろ、主食が粉砕しづらいと辛くねえかあ?
だからコシのある麺は、途中で食うのに疲れて残してしまう。
もしかして、“コシ麺ダイエット” とか
成り立つんじゃないか、とすら思う。
さて、コシのある麺が苦手な理由を、とうとうと述べたが
本当の原因は、実はそういう事ではないと思う。
真実は、育ちにあるような気がする。
山奥のド田舎で、場所的にも時代的にも
良い物が入手できない環境に育ったので
“本物” に触れる機会が少なかった、という事であろう。
そして昔から知ってて、慣れ親しんでいるものは
途中で方向修正が利きにくいんだと思う。
和食は幸いにも母親が料理好きだったので
何とか平均的な味覚を持てたけど
その母親も、うどんをこねてまでは作らなかったので
パウチに入ったインスタントものが、私の世界のうどんなのだ。
安物食いだとしょっちゅう嘆かれたが
私の成長過程で、どう本場の味を知れというのか
そんなに言うのなら、幼児期に美味いメロンを毎日食わせとけ。
夏場の楽しみなおやつだったスイカには小躍りするけど
よく知らんメロンには、人見知りして心が動かないんだよっ。
味覚の傾向は3歳だか5歳だかで決まる、とか聞いたけど
それは結構正しいような気がする。
大人にならないと理解できない味があるように
子供の頃の記憶に支配される味もあるという事だ。
あの添加物バリバリの駄菓子が忘れられないぜ。
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