頑張る、とは言ったものの、やはりムカついてはいた。
すべてを知る事が出来ない現実にである。
こうなったら私の推理を全部、後続のヤツらに残しちゃる!
アッシュは自宅では絶対にしない点けっ放しのパソコンに向かった。
フォルダを作り、名を “Ash Fail” と付ける。
何か極秘ファイルのようでかっこいーーーーー!
アッシュはご満悦だったが、え? “ファイル” って言いたかったのか?
だったらFILEが正しいのだが、アッシュの英語力はこんなもんである。
(いや、素でFailと打ってたぜ。 調べて良かったーーー!)
ワードもエクセルも、その違いすら知らないので
メモ帳を開き、そこに今までに思い付いた推理や見聞きした情報を
人差し指1本でガシガシ打ち込む。
しかもキーボードが英字のみなので、ローマ字で。
日本語がわからんヤツなど、知った事かい!
アッシュは、気持ちがささくれ立っていた。
うーん、これじゃわかりにくいかなー、図解も必要かなー。
いやもう、日本語をローマ字で書いてる事自体
1行も読む気がしなくなるほど、わかりにくくて
図解など、何の付け足しにもならないのだが
そう思った瞬間、あのペイント太字地図が脳裏に甦った。
もしかして、他の相続者も同じ心境になったかも!
あの図解って、やる気を削ぐためのワナなんじゃねえの?
デスクトップの他のファイルを開いていくと
当たり前だが、全部英語であった。
くわーーーーーーーーっ
日本語のわからないヤツに仕返しされてるうううううううっ!
別に誰もアッシュを想定して打ったわけではないのだが
今のアッシュは、とことん被害者意識で一杯であった。
その頃、ローズは食堂にいた。
時計の針は、もう夕方の7時を回っている。
あいつ、夕飯は食わないんかね?
あまり飲み食いしないようだけど、あんなに痩せ細ってて大丈夫かねえ。
親しい誰もがアッシュに対して抱く心配を、ローズが思ったのは
アッシュを少し好きになりかけている事だという事に
ローズは気付いてはいない。
ローズは “敵” としては、指示がない限り動かなかった。
普段の生活では、決して好戦的ではない性格のせいと
自分が行けば、その回の相続は終わる、という
自分の戦闘能力に対して、揺るぎない自信があるからである。
しかしローズは、過去に4人の相続者の護衛をしていて
そのすべてが相続者の死で終わっている。
だけどそれは、ヤツらがあたしの言う事を聞かずに突っ走ったからだよ。
グレーは自分では戦わなかったから、いけると思ったんだけどねえ。
ローズにとって、グレーの結果は消えない深い後悔でしかなかった。
その妹であるアッシュ。
理解できない言動が、何を考えているのかわからなかったけど
アッシュなりに色々と考えて、挑戦している事がわかったし
今のところ、あたしの言う事は素直に聞いてるし
後は戦闘でどう動くかがキモだね。
ローズも、この相続が腕っぷしだけじゃクリア出来ない事を薄々感じていた。
ゲレーといいアッシュといい、この兄妹は
動きのなさにイライラさせられるけど
それはそれで、正しいやり方を選んでいるような気がする。
兄と同じ、それはアッシュにとっては最大の賛辞である。
自他共に天才と認められていた兄
その差の大きさに、妹はその背を追えずにもいた。
しかしアッシュもまた気付いていない。
投げやりなローズが、アッシュに対して徐々に惹かれている事を。
それは館の頂点に立つ主の資質として、欠かせぬ要素
得なければならない住人の尊敬の第一歩、である事に他ならないのだ。
が、こういう時に無意識に台無しにするのが、アッシュの常。
「ちょっと、あんた、飯は食わないのかい?」
アッシュの部屋のドアを開けたローズの目に飛び込んできたのは
顔面に紙を貼ったアッシュの姿であった。
「・・・それは何のまじないだい?」
ローズが怪訝そうに訊くと、アッシュはローズを手招きした。
近寄ったローズの鼻先に顔をくっつけて
アッシュはジロジロとローズの肌をチェックした。
「ローズさんー、お肌のお手入れ、してないでしょー?
日焼け止めとか、ちゃんと塗ってないでしょー?
ここのシミとここのシワは、その証明ですよー。
ほら、ここらへん、たるんで毛穴も開いてきているーーー!
ちゃんとお手入れをしないと、ゴッと老けますよー。
ほら、私、プルップルでしょー。」
紙を剥がしたアッシュの肌は、確かに透き通って美しかった。
「東洋人は肌がキレイだからね。」
「東洋人とひとくくりにしないでくださいー!
日本人!の肌がキレイなんですー!!
それは日本人が、遺伝子とか水とかに恵まれてるからだけではなく
お手入れをきっちりする性格だからでもあるんですーーーっ!」
「あんた、いくつなんだい?」
アッシュはローズに意気揚々と耳打ちした。
「えっ、あたしより年上なのかい?」
ローズのその驚きは、アッシュにとっては当然の反応だったが
それはアッシュの最も好きな場面であった。
アッシュは高らかに笑った。
「ほーーーーっほほほほほほ!」
テーブルの上に並べられた大小様々な形の容器を示し
「この面倒くさいお手入れをこなしてこその、若さなのですわよー!」
この後アッシュは、美容の知識をまくしたて
ローズをとことんウンザリさせた。
続く。
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