ジャンル・やかた 15

目覚めたのは、翌日の夕方だった。
昨日は何時に寝たのかわからなかったが
確実に1日以上、眠りこけていたらしい。

ズキズキと痛む頭でベッドに座っていると
ドアがわずかに開き、目が覗き込んだ。
「うわっ!」
一瞬驚いたが、すぐにローズだとわかった。

「あんた、よく寝ていたよ。 もう大丈夫かい?」
という言葉で、ローズが何度も様子を見に来てくれていた事がわかる。
そういう人を裏切れるか?
もうイヤだと言って、失望させられるか?

アッシュはベッドの上で土下座をした。
「見苦しいとこを見せて、本当に申し訳ございませんでしたー・・・。」
「いや、あんな場合はしょうがないよ。」
ローズが慰めると、アッシュが懇願した。

「でも、昨日のような事はもうイヤですー。
 それを上に伝えてくれませんかー?
 私、子供、大っっっ嫌いですけど、たとえ危険な子供でも
 暴力を加えるなど、考えたくもありませんー。 お願いしますー。」

再びお辞儀をするアッシュに、ローズは言った。
「上に言っとくよ。
 今回の事で、上も判断がついただろうしね。
 ただこれ以降は、手だれが襲ってくると思うよ。
 あたしは武器の調達をするから、あんたは今日も体を休めときな。
 飯を食って、風呂にも入って、洗濯もすれば良い。」

「では、お言葉に甘えますー。」
アッシュが入浴の用意を始めたのを見届け、ローズは部屋を出て行った。

風呂に入っても、洗濯室に行っても
アッシュの脳裏から、やられた敵の姿がうめき声が離れない。

洗濯物を乾燥までセットして、食堂に行った。
食欲がなあ・・・と、カウンター上に並んだ料理を見ると
何と、炊いたご飯がボウルに山盛りになっていた。

「ああーーーーーっ、これーーーーーーーっっっ!」
ホカホカご飯を見つけたアッシュの目に、涙が溢れてきた。
「許可が出て良かったね、嬢ちゃん。」
ニコニコして声を掛けてきたウエイトレスに
「ありがとうーーー」
と、アッシュは号泣した。

ショック続きで、涙腺が緩んでいたのもあって
単に泣きグセがついていただけだが
それが、人々の目には純粋に映っていた。
これは割とラッキータイムである。

ヒックヒック言いながら、ご飯と卵を食うアッシュに、周囲が
「大変そうだね。」「頑張るんだよ。」
と、チヤホヤと声を掛けてくれる。

周囲のこの応対の変化が不思議ではあったが
今のアッシュには、自分への強い肯定に思えた。

「そのライス、ニッポンではパンと同じと考えるらしいぜ。」
「ニッポンフードって太らないらしいね。」
「そうそう。 ニッポン人は皆痩せてるんだって。」
「美味しくて健康にも良いらしいよ。」

あちこちのテーブルで、ご飯を試しながら盛り上がっている。
「食べてみたいねー、ニッポンフード。」
「街じゃ高級レストランでしか食えないしね。」
「嬢ちゃん、料理人に食べやすいニッポンフードをリクエストしてくれよ。」
この食堂が和気藹々とするのは、珍しい事であった。

「皆ありがとうー、これからも精一杯頑張りますー。」
と、おまえは一体どこのアイドルだよ? みたいに手を振りながら
食堂を出るアッシュを、何個もの暖かい目が見送った。

部屋に戻ったアッシュの目には、力強い光が宿っていた。
私、何を悲劇ぶっていたんだろう?
人が次々に死傷するのを見た衝撃で、自分を見失ってたとしか思えない。

私は一応善人だけど、元々平和主義者ではなかったじゃないか。
何もせずに死ぬのなんて、冗談じゃない。
こっちから喜んで殺して回ってるわけじゃなし
殺しに来たのなら、殺して帰すのは当然じゃん。

兄ちゃんは安らかに眠れ。
どんなに罪悪感にさいなまれようが、死んでしまったら終わり。
私は生き残って、それを乗り越える!

アッシュは勢い付いて、かなり非道な思考を展開させていた。
確かにこの状況の自己正当化は、この類の考えしかない。
が、同時に他の部分でモヤモヤとしていた。

・・・・・・・・何か忘れてるような・・・・・・・
あっっっっっ、洗濯!

慌てて洗濯室に向かったら、食堂ではまだ日本食の話題をしていた。
「スシ、テンプラ、スキヤキ、だろ?」
「無知だね、それは観光用の “ワショク” って言うんだよ。
 ニッポン人が普段から食べているのが
 健康に良いニッポンフードなんだよ。」
「ショウユ、ミソ、アンコ、って言う調味料を使うんだろ。」

ああーーーっ、微妙に惜しい! と思いつつ
食堂の前を素通りし、洗濯物を抱えて部屋に戻った。

アッシュはこの館に来て初めて、ゆっくりと眠る事が出来た。

続く。

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