珍しく朝早く起きたアッシュの目に留まったのは、テーブルの上のメモ。
どうやらローズは、アッシュが寝ている真っ最中の部屋に
自由に出入り出来る神経を会得したようである。
こんな危険な館で、気付かず爆睡してる方もどうなんやら、だが。
読み書きが苦手なアッシュは、最後の署名だけ見て
とりあえずローズの部屋に行けば良いや、と流した。
そしてその受け流しは、アッシュにとっては滅多にない正解だった。
ローズの部屋に行くと、見知らぬ女性がいた。
「あたしの姉のバイオラだよ。 鍛冶屋みたいなもんをやってる。」
「かかかかかかか鍛冶屋ーーーーーっ? !!!!!」
RPG好きのアッシュの心は、狂おしくときめいた。
ソワソワと嬉しそうに握手をするアッシュ。
とまどうバイオラの耳元で、ローズが囁く。
「その動揺はわかるけど、さしたる害はないから大丈夫。」
「でね、あんたに武器を見つくろってきたんだよ。
いやあ、大変だったよ、作るのはさあ。
図書館で勉強をしたのは久しぶりだったよ。
日本人という事だから、やっぱり使い慣れた武器が良いだろ?」
バイオラは布包みを開いた。
「どうだい、ザ・シュリケーーーン!」
「一体いつの時代の本をー・・・?」
アッシュは青ざめた。
しかもその手裏剣は、ブ厚い上に直径15cmぐらいあって
投げるどころか、重くて持てない。
「これ、試しに投げてみてくださいよーーー。」
アッシュにうながされバイオラが投げると、手裏剣は手を離れた途端
急降下して、30cm先の床にドスッと刺さった
「ああああああああああ、あたしのラグがーーーーー!」
ローズが悲鳴を上げた。
「こっ・・・これはアキスミンスターの骨董ものなんだよ!」
「あはは、ごめんごめん、ちょっと使いにくかったね。
じゃあ、こっちの鎖鎌はどうだい?」
鉄球から1mほどの太い鎖が伸びていて、先には鎌が付いている。
「サムライの日本刀は知ってるけどさ
あれを作るのには、かなりの時間が掛かると思うんだよね。
その点、このニンジャ武器ならある材料で作れるしさ。」
バイオラなら、ツヴァイハンダーのような日本刀を作るに違いない
中腰で、直径10cmの鉄球を両手でやっと持ち上げたアッシュは
泣きそうな目でローズを見つめた。
ローズはラグの穴をさすりながら、バイオラを睨む。
バイオラは豪快に笑った。
「あはははは、冗談だよ、冗談。
こんな重いものを戦闘で使えるわけがない。」
そう言いつつも、急に真顔になって溜め息を付いた。
「・・・持って来る時に気付いたんだがね・・・。」
「あ、あのですねー、手軽に警棒とか、ないですかー?
アルミかなんかの軽いので、3段に伸びて
腕に取り付けられるようなんが良いんですがー。」
「警棒ならあるけど、腕に取り付けるって?」
ローズが持ってきた警棒で、身振り手振り説明をする。
「ほら、ここに警棒付きのアームカバーをして
腕を振ると、警棒がジャキジャキンって伸びるのー。」
「へえ、それ良いアイディアだね。
すぐに出来そうだから、ちょっと急ぎ作ってくるよ。」
バイオラの背中に向かって、アッシュが懇願の叫びを上げた。
「軽いのをー! とにかく軽いのをーーーーーーっ!」
バイオラが部屋から走り出て行った後
ローズを睨んで、アッシュがイヤミっぽく言った。
「うちら兄妹を変人扱いするだけあって
えらいマトモなお姉さまをお持ちでー。」
「うるさいね! あの人は武器防具になるとああなんだよ。」
「どうするんですかー? この床が抜け落ちそうな重さの鎖鎌ー。」
「持って帰らせるよ。 しかしこれ、バイオラ、よく持ってこれたよねえ。」
「怪力姉妹ですねえー。」
「・・・否定はしないけど、ちょっとムカつくね。」
「とりあえず武器待ちですかー? だったら何か食べませんー?
私、朝食まだなんですよー。」
「スコーンやパウンドケーキ程度ならあるけど、それで良いかい?」
「わーい、そういうのが良いんですー。」
お茶の用意を一切手伝わないアッシュを
ローズはまったく気にしない。
あたしの大事なティーセットを割られたら大変だしね。
「そういや、あんた、食堂で皆に慰められたらしいね。
良かったじゃないか。
でも、よく思ってないヤツもいるよ、気をつけな。」
「5人に好かれりゃ5人に嫌われる、ってのが世の摂理ですもんねー。」
「・・・あんた、時々ものすごく図太いよねえ。」
「えへへー、恐れ入りますー。」
「褒めてるわけじゃないんだけどねえ。」
お茶やらケーキやらクッキーを食べながら、たわいもない話をした。
「何か、私ら、いっつもお茶してませんー?」
「あんたの国はどうだか知らないけど、この国はそういう習慣なんだよ。
何かあれば、お茶お茶さ。」
「そういや、私の国にも茶道ってありますけど
お茶って全世界共通の交流の儀式なんですねえー。」
どこにでもある、昼下がりのお茶会の風景だったが
そんな悠長な事をしている場合ではないのは、ふたりともわかっていた。
館攻略は、まだ1mmも進んでいないのだ。
3時間ほどで、バイオラが戻ってきた。
望み通りのアームガード付き3段警棒を持って。
アームガードは皮で作られていて、肘から手首手前までの長さ。
警棒は、その外側にベルトで固定されており
腕に固定するベルトが、更に3本付いている。
しばらく3人でその武器をいじくり回して、キャアキャアはしゃいでいた。
これも対象物が武器じゃなかったら、微笑ましい光景なのだが
この世界全体が歪んでいるので、萌えアイテムも微妙に危ない。
アッシュがアームガードを腕に巻き、言った。
「さあ、出陣しましょうー!」
続く。
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