目が覚めた時は、もう昼だった。
着の身着のままで寝ていた自分に、激しく驚いた。
普段のアッシュなら、どんなに疲れていても絶対にしない
いや、出来ない行為である。
着替えずに寝るなど、気持ち悪くて逆に眠れない。
それがここ数日で、2度もやっているのである。
ああ・・・、何か私の中で色々と芽生えてる気がする・・・。
いつもの型通りの自分の殻を打ち破った気分になり
ちょっと嬉しかったりするが、とりあえず風呂に駆け込んだ。
お手入れしまくって、クリーム塗りたくりの
ツヤツヤを通り越してテラテラの顔で、アッシュは食堂にいた。
夕食に近い時間の朝食なので、結構混んでいるのに
アッシュの周りだけ空間が出来ていた。
ここではいつもこんな調子で、遠巻きにされているのだが
それをアッシュ自身が好んでいた。
覇者は孤高でないと!
そう思いつつ、ボロボロ食いこぼしているアッシュの前に
若い女性がツカツカと一直線に歩み寄ってきた。
「・・・が死んだわ。」
え? 誰? と、肝心な部分を聞き逃した間の悪いアッシュは
目を丸くして、女性の顔を見つめたまま固まった。
「あんたのせいよ、この人殺し!!!」
その言葉を聞き、戦った相手の中にこの女性の親しい誰かがいて
その人がその傷が元で死んだのだ、とアッシュは悟った。
女性は涙をボロボロこぼしながら、悲鳴に近い声を上げた。
「相続者なんて言っても、結局人殺しじゃないの!
人を殺してまで、この館が欲しいの? この人殺し!!!」
女性の語尾が響くような凍った景色のごとく静まり返った中で
しばらく女性を凝視していたアッシュが、ゆっくりと立ち上がった。
アッシュが低音で話し始めた。
「まずは、お知り合いのご冥福をお祈り申し上げますー。」
女性がカッと顔を赤らめて、怒鳴った。
「だったら何故こんな」
その声をさえぎる大声で、アッシュは続けた。
「この度は! 本当に! 残念な事だと思いますー!」
そこまで言うと、また声を抑えて語るように話し始めた。
「私にとっても今起こっている出来事は、非常に不本意ですー。
あなたと同じように、私もまた “何故こんな” と思っていますー。
本当に戦いたくなどありませんー。
だけど、ひとつだけ言える事がありますー。
私は自分を守るために、襲ってくる人には今後も立ち向かいますー。
そして私の大切な人も、何をしても守りますー。」
アッシュは、周囲を見回しひとりひとりの顔を見つめた。
「あなたは私を襲ってきますかー? それとも助けてくれますかー?
もし助けてくれるのなら、あなたは私の大切な人になりますー。
私もこの命を投げ出してでも守りますー。」
どうですか? と、確認するかのように人々の目を見る。
誰ひとり口を開く者はいず、身動きひとつ取れない雰囲気が漂う。
「そして、もし私が相続できたとしたら
もう二度とこんな残酷な方法は取りませんー。
この館の住人全員が、私の大切な人になるからですー。
大切な人を、もう失いたくはありませんー。
もう二度と彼女のような “被害者” も出したくないのですー。」
あなたも同じ気持ちだと思います、と
泣き続ける女性を見つめて、アッシュは言った。
「本当に申し訳ありませんでしたー。
心からお悔やみを申し上げますー。」
深々と一礼した後、女性の反応も確かめずアッシュは食堂を出た。
立ち去るときに、集まってきた群衆の中にローズを見つけたけど
一瞥しただけで、無言ですれ違った。
言いたい事を上手く言えなかっただけじゃなく
焦って妙な約束まで持ち出した自分が腹立たしく
自分の部屋へと、足早に歩き続けた。
食堂の中がまだ静まり返っているのを、背後で感じながら。
続く。
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