ジャンル・やかた 23

どおしって お腹って減るんだっろー

布団の中でブツブツと歌うアッシュ。
真剣に悩んでいたり、悲しんでいたりする時に
空腹になると、とても情けなくなる。

ちゃんと寝て目覚めた朝は、食欲がなくて困るのに
悩んで眠れない夜など、明け方ぐらいから腹が減ってたまらなくなる。
こんな時の油っこい麺類や駄菓子ほど美味いものはない。
あーーーっっっ、チャンポン食いてえー、亀せんべえ食いてえー
アッシュの悩みは、ここにコンビニがない苦悩へと変わっていた。

布団の端をガジガジ噛んでいると、ドアがゆっくり開いた。
ローズがソッと顔を覗かせる。

こいつは私にノックせえせえ言うくせに、自分は覗きまくりかよ
アッシュが凝視してると、ローズはニカッと笑った。
「あんた、夕べ寝てないだろ、腹が減ってるんじゃないかい?」

「やったーーー!!! ご飯ーーーーーーー!!!」
アッシュが喜び勇んで飛び起きると
ローズが大威張りでトレイを差し出した。

トレイの上には、コーヒーとサンドイッチが乗っていて
それを見て、チッという顔をしたアッシュに、ローズが怒った。
「文句があるなら食わなくて良いよ!」
「とんでもない、とてもありがたいですーーー、感謝ですー。」
しょせんバテレン人には、日本人の心のふるさと、おにぎりなどという
芸当は無理っちゅう話だよな
へっへっへと、腰を低くご機嫌取りをしつつも
性根は腐りきっているアッシュであった。

廊下に出ながら、ローズが微笑んで言った。
「何も心配はいらないよ。
 夕べの事は、あたしがちゃんとカタを付けておいたからさ。」
それを聞いて、アッシュは忘れていた不安に再び駆られた。
ああ・・・、私がテキトーに掘った墓穴を
こいつが丁寧に整備している気がする・・・。

「んじゃ、あたしはバイオラのとこに行ってくるよ。
 鋏の修理がまだだから、何か調達してこないとね。」
「あの男の人のコレクションの武器を借りたらどうですか?」
「男?」
「ほら、トンファーを持った・・・」
「ああ、ラムズね。
 何でラムズが武器コレクションをしてるって知ってるんだい?」
「私がこの状況ならするからです。」
「・・・なるほど・・・。」

「とにかく、あたしが戻ってくるまで出掛けたらダメだよ。」
ローズが念押しをしている時に、よそ見をしていたアッシュが叫んだ。
『うおっっっ! ジー!!!』

「何だい?」
ローズが身構えて振り向く。
アッシュの視線の先には、黒光りする物体がいた。
「何だ、ゴキブリかい。」

ゴキブリがササッとゴミの山に入っていく。
それを見たアッシュが、そのゴミを掻き分け始めた。
「ちょっ、あんた、そこまでして退治しても
 ここには山ほどゴキブリがいるんだよ、キリがないだろ、放っときな。」

ゴミを四方八方に撒き散らしながら、アッシュが叫んだ。
「ローズさん、今私が叫んだ言葉がわかりましたかー?」
「へ?」
「私、何て叫びましたー?」
「・・・さあ? そういや何か言ったね。」

「私はとっさに日本語で叫んじゃったんですよー、それも隠語でー。
 日本語では、ゴキブリの呼び方はGOKIBURIなんですー。
 もう、その単語を使いたくないほど嫌いなんで
 頭文字のGで、『ジー』 って言ってるんですー。」
「へえー、で、そんだけ嫌いなのに何で探すんだい?」

「あなた、わからなかったでしょー? 私の日本語ー。
 ゴキブリにも、わからなかったんですよー。」
「普通、虫には人間の言葉はわからないだろうねえ・・・。」
ローズが呆れたように答えると、アッシュが振り向いて言った。

「ところが、この虫にはわかったんですよー。 英語がー。
 あなたの “ゴキブリ” の言葉だけに反応したでしょー?」
「それは考えすぎじゃ・・・?」
「考えすぎなら考えすぎで良いんですー。
 こんな汚屋敷で、いつでもどこでも一番自然に存在できるのは
 ゴキブリとかネズミですからねー。
 哺乳類より昆虫の方が本物っぽく作れるでしょー?」

「何を言ってるんだい?」
「盗聴ですよー。」
ローズがその言葉を聞いて、笑い始めた。
「007の話じゃあるまいしーーー、あっはっはっは」
「あんなおとぎ話と一緒にしないでくださいー。
 私はアキハバラの国の出身なんですよー?
 他国の軍関係者が兵器の部品を買いに来るとこですよー?
 店頭で誘導システムの部品が売られてるんですよー?」

それを聞いて、ローズが真顔になった。
「日本って、そんな国だったんかい?」
「そうですよー! 今じゃ民家に盗聴器や盗撮機械が仕掛けられてて
 住民は一家に1個八木アンテナが必須ですよー。」

アッシュはムチャクチャ言ってるが
ローズはそれを真に受けて、考え込んだ。
確かに相続者の詳しい動向を、主が知る術はないんだよね。
護衛に告げ口の義務はないんだからさ。

「あっっっ!!!!!!!!!」
いきなりのアッシュの絶叫に、ローズの心臓が止まりそうになった。
「何? 何があったんだい?」
「壁紙が剥がれてるーーー。」

ローズは腰が砕けそうだった。
もう、こいつにはこいつの世界があるようだから放っとこう。
あたしゃあたしで、自分の用事を済ませる事に専念しよう。
「はいはい、じゃ、あたしゃ行ってくるねー。」

しばらく歩いて振り返ると、アッシュが壁紙をゴリゴリと剥いでいた。
ローズは、アッシュに初めて会った時の感覚を思い出していた。

こいつ、ヘン。

続く。

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