ジャンル・やかた 30

玄関ホールに出たアッシュを、館の住人たちが出迎えた。
ご苦労さん、の声はあったが、みんな動揺しているようで
控えめにザワついている。

「交代は初めてのヤツが多いからのお。」
ジジイが全体を見回して、その不安と期待を読み取る。
そして後ろを振り向き、名残惜しそうにつぶやいた。
「ここともお別れじゃな・・・。」

アッシュがつられて見ると、ガラス戸の上にパネルが貼ってあり
『管理人室』 と書かれている。
それに気付いた途端、ヘナヘナと両手両膝を床に付いた。

このジジイは、堂々と “管理者” を名乗っていたのだ!
『ああ、何だ、管理のじいさんだよ。』
さっきのローズの言葉も脳内で再生されて、追い討ちを掛けた。

「ふぉっふぉっふぉ、皆気付かんもんなんじゃよ。
 盲点じゃろ? 上にいた頃は何度も死に掛けたが
 IT化でここに移ってからは、誰にも見つけられんかったわい。」
「死に掛けた?」
「昔は、主を倒したヤツが主になる仕組みだったんじゃ。
 わしも若い頃は豪腕とうたわれた荒くれで・・・・・。」

ジジイの武勇伝は長くなるのを知っているので
アッシュは聞く耳すら持たずに、さっさと立ち上がり
エレベーターへと向かった。

ローズの姿を探したが、人垣で見つからなかった。
その時ローズは、人々に囲まれて祝福を受けていたのであった。

自分だけ乗り込んだら、さっさと閉まるボタンを押すアッシュに
「ちょ、待たんかい! うおっ!!!」
と、ジジイがドアにガガッと挟まれながら、もぐりこんでくる。

「あんた、自分勝手じゃのお。」
エレベーターの中で、ジジイがアッシュを非難する。
「おめえほどじゃねえがなー。」
アッシュは無表情で返した。
「・・・とうとう “おめえ” 呼ばわりかい・・・。」

「あああー? 当然じゃねえー?
 何も知らない善良な一般市民を
 了承もなしで命の危険のあるゲームに巻き込んでー。
 私の一生、ムチャクチャじゃねえかよー!」
怒り大爆発のアッシュに、ジジイがヒインと後ずさりする。

「でも、でもな、今回は特例っちゅうこって
 あんたが門から入って来なくても、生きて帰そうってなってたんじゃよ。
 だから事前に何も知らせていなかったんじゃ。
 この館の事は、門外不出じゃからの。」
「門?」
「うん、そうじゃ。
 あの鍵の掛かった正門、あそこが運命の分かれ道なんじゃ。」

6Fでエレベーターを降りると、そこは近代的な作りのフロアだった。
おおっ、とアッシュが感心した声を上げると、ジジイは東の窓に近寄った。
床から天井まで、すべてガラス窓である。

「こっからじゃよく見えんが、あの門にはX線装置が仕掛けられていて
 相続者の身体検査をしとるんじゃ。
 じゃが、毎日X線を浴びるとマズいじゃろ?
 だから行き来する者は、横の木戸を使うんじゃよ。」

アッシュが思い出して叫んだ。
「あっ!!! それーーー!
 殺し合うっていうのに、何で誰も銃を持っていないのか
 すげえ不思議だったんですよー。
 銃は禁止なんですねー?」

「そうじゃ。
 相続者はあの門を開けて入って来なければならん。
 その時に銃器類を持っとったら、うちのスワットに射殺。
 横の木戸から入って来ても射殺されるんじゃ。」

「・・・何? その無差別殺人・・・。」
「これは普通に相続に参加する時には、ちゃんと説明を受ける事なんじゃよ。
 門から入ってくださいね、銃器類は禁止ですよ、とな。
 それすら守らんヤツは、即時死刑で良かろう?」

ニタリと微笑むジジイに、アッシュはつぶやいた。
「あんたもロクな死に方をせんだろうなー・・・。」

「ところが、あんたは門から入ってきた!」
ジジイが気にせずに続ける。
「わしゃそん時に管理人室から見てたんじゃが
 門に錠をガンガン叩きつけるあんたの姿を見て
 怪物が来た! と、ものすごく恐かったよーーー。」

「じゃ、何ですかー?
 私が渡された鍵を素直に使って門を開けたのが悪いとー?」
「うん、そうじゃ。
 あんたはあの時、知らずとはいえ、自分で相続の道を選んだんじゃよ。」
「ああああああああああああああ、誠実な心がアダにーーーーーーっ!」

木戸の存在に気付かなかったくせに、すべてを自分以外のせいにしたいらしく
床に倒れて転げ回るアッシュに、ジジイが優しく声を掛ける。
「まあ、いいじゃないか。
 あんたはこうやって相続を果たしたんじゃし
 グレーも念願が叶って安心して眠れるじゃろうよ。」

その言葉に、はたと動きを止め、アッシュがつぶやく。
「私、実は・・・・・
 主の正体は兄だった、という展開かと思ってたんですよー。」

「だから、あんたの兄ちゃんは死んだと言うとろうに。」
「うっせー! 人の身内を遠慮なく死んだ死んだ言うなー!
 おめえが死ねーっ!」

ヒイ~ン、と悲鳴を上げながら、ジジイはドアの方に逃げて行った。

続く。

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