「私の計画を、長老会に提出しようと思いますが
通りそうですかー?」
「うーん、長老会もここの事は悩ましい問題じゃからのお。
持っていき方次第じゃろうな。」
「では、リリーさんにだけは協力を仰ぎましょうよー。」
「ん・・・、それが良いじゃろうな。
じゃあ、リリーを呼ぼう。」
ジジイは、電話を取った。
ジジイがかじりかけのハンバーガーに、ピクルスをはさみ直して食っていると
程なくして、リリーがやってきた。
「あっ、ほら、人が来た!
さっさと食って食って。」
せかすアッシュに、ジジイは喉を詰まらせつつ
紅茶でハンバーガーを丸呑みする。
ほ・・・ほんとに死ぬっちゅうに!
顔を真っ赤にして胸をドンドン叩くジジイを、いぶかしげに見ながら
リリーは、ふたりにお辞儀をした。
「主様、お疲れ様でした。
そして新しい主様、おめでとうございます。」
「ゴホッ うむ。 ゲホッ そなたも長年ご苦労じゃった。
今後は新しい主をよろしく頼む。 ゲホゲホゲホゲホ」
ジジイが咳き込みながらも、何とか体裁を保とうとする。
「よろしくお願いいたしますー。」
アッシュがブリつつ頭を下げると、リリーも頭を下げた。
「こうなったのも、私のせいだと申し訳なく思っております。
精一杯仕えさせていただきますので
こちらこそよろしくお願いいたします。」
リリーが椅子に座って、バッグを開けた。
「では、今後の引継ぎの予定ですが
まずは長老会へおふたり揃ってご出席いただいて
承認されたら、この館での交代の式典になる、という事です。」
書類を次々に出しながら言うリリーを、ジジイがさえぎった。
「その前にな、嬢ちゃんの話を聞いてほしいんじゃ。」
「・・・? はい、何でしょう。」
「えーと、この館の今後の運営方針ですけどー・・・。」
話を聞き終わったリリーは、あっけに取られていた。
この兄妹、やっぱり似ていないわ・・・、そう思えて
妹を推したグレーの真意がどこにあったのか、わからなくなった。
相続中の言動を見ていても、“変わっている” 以外の
何の感想もなく、主の資質の片鱗さえ見い出せなかったのに
まさかこんな筋書きを立てていたとは。
この計画に加担しても良いものだろうか・・・
リリーは激しく混乱し、迷っていた。
「兄は遺言状を頼んだ時、何て言っていましたー?」
アッシュのふいの問いかけに、リリーは慌てて
つい一番印象に残っている言葉を言ってしまった。
「『俺がダメでも、妹がやるだろう。』 と・・・。」
しばらく考え込んでいたアッシュだったが、テーブルにダラーッと伏せた。
「あー、そうですかー。 なるほどー、そうだったんですかー。」
「どうしたんじゃね? 何かガッカリしとるようだが。」
「もーーーーー、果てしなくガッカリですよーーー。」
テーブルに伏せたまま、顔だけジジイの方に向けて怒る。
「私は今まで、兄が私に相続させたかったんだと思ってたんですー。
いくら音信不通でも、兄妹ですからねー。
私のために何かを残したい、って気持ちはあったんだな、とー。」
「ん? そういう事じゃろ?」
「いえ、違ったんですー。
兄の性格から言っても、この館の人たちを助けるなんていう
ボランティア精神など、微塵も持ち合わせていないはずなんですー。
他人は他人、という冷淡なヤツですからねー。
でも一応私は妹だから、ちっとは気遣ってはくれてたんですよー。
迷惑は掛けないように、程度ですがね-。
なのに、こんなデス・ゲームに私まで巻き込もうとしたのはー」
アッシュはジジイとリリーを順番に指差した。
「兄はあなたたちを助けたかったんですねー。」
ジジイとリリーは、あまりの驚きに言葉も出せなかったが
アッシュは構わずに嘆き続けた。
「はあー、おかしいと思ったんですよー。
あの兄が私に何かを残そうとするなんてー。
んで、蓋を開けたら、バトルでしょー?
もう何なのか、さっぱりわからなかったんですが
おまえ、あとよろー、って事だったんですねー。
『俺に頼るな』 と常々言っていたくせに
最後の最後にそういう自分が、私に頼ってきやがったんですよー。
持てるコマはすべて使おうとねー。
ああー、すんげえ腹立つけど、やっと謎が解けてスッキリー。
でも、やっぱムカつくーーー!」
アッシュがテーブルに突っ伏してブツブツ言ってる側で
ジジイとリリーは背を向けて、悟られないようソッと目を拭った。
それを目ざとく見つけたアッシュは、容赦なく突付いた。
「あんたらは良いですよねー、思いやってもらってー。
私なんか実の妹なのに、問答無用で命を賭けさせられて
もう血の絆って何なのか、ほんと人間不信になっちゃいますよー。」
ジジイとリリーが慌てて慰める。
「そんな事ないですよー、グレーは常々あなたの事を言ってましたもん。」
「そうじゃそうじゃ、わしも聞いた。」
「ほお? 何てー?」
ジジイとリリーが、ウッと詰まって
おまえが言え、いやおまえが言え、という風に目で押し付けあう。
「えっと、『可愛い妹だ』 みたいに?」
「そうじゃそうじゃ、褒めとったよな?」
「う そ で す ねーーーーーーーーーーーーっっっ!」
アッシュの大声断定 (しかも図星) に、ふたり揃って黙り込む。
「もう良いですよー、人生なんてこんなもんですー。
はあー・・・、ほんと情けなー・・・。」
「でも、グレーにとっては、あんたが最後の切り札じゃったんじゃろ?
実力を認められていた、って事じゃないのかね?」
その言葉を、アッシュは鼻で笑った。
「そんなんねー、長子のヒガミ発端ですよー。
可愛がられる末っ子を、こいつは運が良いとか
努力しなくても皆に好かれるとか、錯覚してただけですよー。」
「あんた、ムチャクチャ言いよるな。」
「末っ子は末っ子なりに大変なんですよー?
お兄ちゃんがひとりっ子じゃ寂しいだろうからあなたを作った、とか
お兄ちゃんはもっと出来が良かった、とか言われてー。
まったく親の不用意な言葉って、どんだけ子供の心に傷を残すかー。」
「う・・・、まあ、誰しもそれぞれ事情はあるわな。」
ジジイはヤブを突付いて大蛇を出すようなマネはやめた。
「で? 私への惜しみない協力、もちろんしてくれるんでしょうねー?」
「もちろんです!」
「命をかけてサポートするぞい!」
「あんたら、腹くくってくださいねー。」
アッシュは静かな口調だったが、それが逆に凄みを増した。
続く。
関連記事: ジャンル・やかた 34 09.12.8
ジャンル・やかた 36 09.12.14
コメントを残す