「主様、お疲れ様でした。」
壇上から降りるアッシュに駆け寄ったのは、デイジー。
恋人を殺され、食堂でアッシュに抗議したあの女性。
アッシュが今の改革法を選んだきっかけである。
あの食堂での一件以来、泣き暮らしていたデイジーだったが
アッシュの就任演説を聞いて、面会を申し出てきた。
会いに来る相手が誰だか知らされたアッシュは、沈痛な面持ちで出迎えたが
デイジーはアッシュの顔を見るなり、駆け寄った。
「あたし、わかったんです、このままじゃいけないって!
あの人が死んだのは、この館のくだらない因習のせいでした。
それをあなたは本当に変えようとしてくださっている。
あの人のためにも、あたしもあなたに協力させてください!」
アッシュの両手を握り締め、涙を流しながら切々と想いを伝えるデイジーに
これから、この館中のヤツがこんなんなるかも知れない・・・
と、アッシュは内心ドン引きして、くじけそうになったが
それに耐えられなければ、この計画の成功はない。
「これからも大変な想いをさせるかも知れないけど
一緒に頑張りましょうねー。」
と、口先だけのキレイ事を言って、デイジーの手を強く握り返した。
無表情なのは、この上つくり笑いまでせにゃならんとなったら、ほんと無理!
と、思ったので、諦めて無表情をウリにする事にしたからである。
出来ん事は、論点をずらして正当化すれば何とかなるもんだ
アッシュは、そこらへんの悪巧みだけには長けていた。
デイジーはその時以来、アッシュの “お世話係” になった。
食事や洗濯、掃除など、身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれるのだ。
リリーは秘書だし、ローズは相変わらず護衛だし
アッシュの周囲は、女だらけの大運動会であった。
「現主、頑張っとるか?」
講堂の椅子から立ち上がったのは、元主のジジイである。
「ジジイ、また来たんかいー。
徘徊するようになったらヤバいぞー。
いい加減何もかも諦めて、さっさと死にさらせー!」
真顔でサラッと言うアッシュに、周囲がドッと笑う。
良い人キャラも、初手からあっさり放棄しているアッシュであった。
「やれやれ、相変わらずじゃのお・・・。
どれ、茶でも飲みながら、近況を語り合おうじゃないかい。」
アッシュはデイジーに言った。
「ごめんけど、ジジイに粗茶の出がらしをー。
私はカフェオレをお願いできますかー?」
「はい、かしこまりました。」
「あっ、デイジーちゃん、わしにはスコーンもー。」
「スコーン、おとといのがあったよねー?」
追い討ちをかけるアッシュをジジイが睨み、周囲はまた笑いに包まれた。
アッシュの書斎で、ソファーにどっかり座るジジイ。
「はー、ええのおー、こんなキレイで広々とした部屋で。」
アッシュは突っ込みたくて口の端がムズムズしたが、こらえた。
ジジイいじりはキリがないからだ。
「順調なようじゃな、長老会でも評価が高いぞ。」
「いえ、そうでもないんですよー。
不穏分子が何人かいますし、まだまだ安定はしていませんねー。」
「そういう輩は、風通しに使えば良いんじゃないのかい?」
「問題は、私がまだ確固たる立ち位置を築けていない事なんですよー。」
ノックの音がしたので、ジジイが 待て、と手を立てる。
アッシュがうなずいて 「どうぞ」 と声を掛けると
デイジーがお茶と茶菓子を持って入ってきた。
「あれ? ジジイの紅茶、ちゃんと色が着いてるじゃんー。」
「あんたはっ!」
アッシュにジジイが、ゴスッとゲンコツをかました。
デイジーが出て行った後、再び真面目な顔で話し合うふたり。
「どこに不安があるんじゃ?」
「反感を持っている者たちは、グループではないんですけど
ひとりリーダー格のヤツがいて、それがまた若いはイケメンだは
しかも私より人格者で頭が切れるっぽいんですよねー。」
はあー、と溜め息を付くアッシュ。
「あんた、割と自分を客観的に分析しとるんじゃなあ。」
「・・・あんたが私なら、自分の事を
ピチピチ娘で絶世の美女で天使のような性格で天才だと思えますかー?」
「・・・・・・・・・」
「ただ、それだけの事ですよー。 分析するまでもないー。」
「いいいいいいや、わし的にはあんたはとても可愛いと思うぞ東洋人は若く見えるしそれにあんたはそこまで悪人じゃないし割に良い性格いやイイ性格ってわけじゃなく付き合いやすくて良いという意味でそんで天才じゃないとか言うが確かにアホじゃが紙一重的な面もいやアホというのは愛情を持って言ってるわけで本当にそう思ってはいないとも言えんがわしはとにかく」
「いい加減、黙れ、クソジジイー!」
ジジイはビクッとして黙り込んだ。
「どうしても、ご自分の墓穴を掘りたいようですねえー。
喜んでお手伝いいたしますよー? そりゃもう深ーく深くザックリとー。」
「い、いや、すまんじゃった。」
ほんに、こやつには適わんわい
ジジイはそう嘆きつつも、このやり取りを楽しんでいた。
“監視” の名目で、ちょくちょく館に来るのは
この罵り合いをしたくて、という理由もあったのである。
「で、どうするんじゃ?」
「結局、静観しか思いつかないんですよー。
私がもっと頑張って、支持を得るしかないですよねー。」
「そうか。
長老会の方は相変わらず日和見じゃが、あんたへの信頼は増しているぞ。
この館がここまで何事もない日々が続くのも初めてじゃしな。」
「相続者システムはどうなりましたー?」
「誰も言い出さん。 募集も止まっておる。」
「今来られても困りますしねー。」
「そうじゃ。 炎が再燃する事は避けたい、というのは全員が一致しとる。
おそらくこのまま、あんたが永代主になるじゃろう。」
その言葉にアッシュは慌てた。
「ちょちょちょっと待ってくださいよー、私、隠居なしですかー?」
「このまま行けば、この館にとってはそれが一番好ましい事じゃろ。」
「はあ・・・、そうですよねー。」
アッシュは背もたれにドカッともたれて、溜め息を付いた。
「私もあなたみたいな余生を送りたかったんですけど
今死ぬか、来月死ぬか、みたいな時期に比べたらマシですもんねー。
ちょっと安定が見えてきて、気が緩んでいたみたいですねー。」
天井を仰ぐアッシュに、ジジイが感心するように言った。
「あんた、見かけによらずストイックなとこがあるんじゃよな。」
アッシュがニタリと笑う。
「じゃなかったら、教祖様なんてやってられませんよー。」
「おぬしも悪よのお。」
「そなたもなー。」
ふたりでいかにも悪人ヅラをして、フォッフォッフォと笑った。
本気か冗談かわからない、ふたりの掛け合いである。
続く。
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