数字が苦手

何か初手から情けない事を言い始めるが
皆、コメント認証の数字、一発で正しく打てているんか?

このブログの認証システムは、迷惑広告対策でやってるものなんだが
これに一番引っ掛かってるのが、業者でもなんでもなく
記事を書いている当の本人なんじゃなかろうか、と思うんだ。

もしかして私封じシステムなんだろうか、とすら勘ぐるぐらい
毎回毎回、あっっっ! てな状況を繰り返してるんだよー。

日常生活でも、どうも自分は記憶障害みたいなものじゃないか?
と疑ってしまう事が多々あるんだが
ネットを始めてから、その疑いは日増しに濃くなってきている。

URLやアドレスの手動入力など
4ケタの数字ですらヒイヒイ言う私にとって、どんだけ難関なものか・・・。
おかげで、単語登録が膨大なものに膨れ上がっているが
この単語登録が使えない書式のとこもあるんだよな。

数字と言えば、結婚時代に簡単な経理をしていた事があって
それがえれえな数の足し算で、電卓を使わにゃならんかった。
その時に、「必ず3回やれ」 と言われていた。
3回やって答が同じなら、間違ってはいないからなんだと。

それが、3回とも全部違う答になるんだよ・・・。
そんなん、人に言えるわけがねえだろ。
3回やってそれなら5回、5回やってダメなら7回、と
黙々としかも密かに、同じ計算を10回ぐらいやってたさ。
自分どんだけ能無しなんだ、と悲しかったぜ。

それで自分は数字関係が苦手なんだ、と思い込み
苦手扱いしていたら、それ関係を避けて通るようになって
余計にイヤになり、しまいにゃ諦めてしまったんだよな。
これが “苦手意識” というやつなんだろう。

数学はともかくも算数は得意分野だったのに、数字パズルも大好きなのに
何故か単なる数字に、ものすごく苦手意識を持つようになってしまった。

このように得意不得意は、己の心が作り出すもののような気がする。
それを裏付けたのが、DSの脳トレ。
心にブレーキが掛かる瞬間を、はっきりと体験できた。

無心でやれば、100点を出せるんだ。
でも途中でちゅうちょすると、後はガタ崩れになる。
やってて上手く行ってるのに、急に不安になるんだ。
何で出来るんだ? って。
いや、出来るのが当然なんだよ、簡単な計算なんかさ。
なのに “出来ない自分” の方が、自然に思えるみたいなんだ。

これって、ものすごい負の暗示のような感じ。
自分で自分を、悪く演出しようとしているような気がする。

そんな、誰の得にもならんようなマネを
何でわざわざせにゃならんのか、自分でもわからない。
たかが電卓キーの押し間違い連続の、あの日々のせいで
かなりの挫折感を引きずっているような気がする。

という事で、電卓計算が上手くできない、という1点のみで文系ぶっていたが
よく考えると、日本語と英語が出来ない時点で文系ヅラもアウトじゃん。
そうだよ、私の本質は理系だったはず!

・・・え? 理系・・・?
何かこれも、かなりのムチャを言うとる気もするんだが
ここで弱気になっていたら、更生の道は閉ざされてしまう。

とにかく私はパーフェクトな人間だったはず。 顔と性格以外は。
だけどそれだと可愛げがないだろ? もちろん顔自体が可愛くないが。
だから、ちょっと抜けてて可愛いあ・た・し という
ドジッ子属性におさまろうとしてたんだよ。 普通にしてても充分粗雑だが。
うん、絶対そうだ!

(己のちょっとしたつまづきをも正当化したいがために
 この論理展開もえらいな破綻をしているがな。)

何たる不覚!
自分にないものへの恐怖で、無意識の内に他のものに成りすまそうとして
その結果、自分の首を絞めるハメに陥っていたとは。

今後はナチュラルに、自分の才能を発揮していけば良いんだよ。
目指せ、本来の完璧な私!!!

もう、こういう結論を出してる時点で
性格どころか頭の中身も、完璧でも何でもないんだが
苦手意識を克服するには、多少の犠牲はやむを得んよな。
私はこれから、天才の道を堂々と歩むぜ。 人間性と引き換えに。

苦手意識を失くしたいヤツ、この考えをマネするのも手だぞ。
ただし、あくまでも脳内ワールドのみ、でだが。

よし! これで明日からのコメント認証は楽勝なはず!
(人格崩壊させたのに、やたら小さい野望で
 割に合わん気がせんでもないが。)

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