ジャンル・やかた 41

「痛いのダメー! 痛いの絶対にダメよー?」
アッシュがベッドに横たわりながら、怯えて叫ぶ。

「はいはい、わかってるだよ、主様。
 わしにまかせてくだせえな。」
指をバキボキ鳴らす巨体の女性に、アッシュが後ずさりをする。

数十分後、アッシュはベッドの上で溶けていた。
「うあーーー、気持ち良かったーーー、最高ーーーーー!」

「でしょう? アリッサはちゃんと免許も持ってるんですよ。」
デイジーがアッシュに靴を履かせながら、自慢げに言う。
「うんうん、もう久々に極楽な気分になれたよー、ありがとうー。」

何のエロ話の始まりか? という出だしだが
毎日のデスクワークに音を上げたアッシュが、わめいたのだ。
「誰かマッサージとか出来ないですかあー?
 もう、肩とか首とか腰とか、痛くて痛くてー。」

「あ、私の友人に整体師がいます!」
と名乗りを上げたのがデイジーであった。

「主様、かなりからだがゆがんでいるだよ。
 これからちょっとでもいいから、まいにちマッサージをつづけるだよ。」
アリッサが言うと、デイジーが強い口調で後押しした。
「そうですよ! 健康管理もちゃんとしてください!
 主様に何かあると、皆が悲しみます。
 おひとりの体じゃないんですよ!」

デイジーの熱意にゲンナリしつつも、アッシュも肩の軽さに負けて同意した。
「じゃあ、これから毎日お願いしますー。」

アッシュが整体室を出て行った後
デイジーとアリッサは手を取り合って喜んだ。
「良かったわね、主様に気に入られたわよ。」
「主様にはじめてあえて、わしドキドキしただよー。」

アリッサもデイジーと同様に、アッシュの信奉者だった。
アッシュは皆に公平に接する代わりに、誰とも親密にならなかった。
秘書のリリーと護衛のローズは、職務上例外であった。

「だけどほんとにやせていらっしゃったで、わしビックリしただよ。
 ここんとこは、とくにいそがしそうにしてらっしゃるとうわさだんが
 あんなほそいおからだでだいじょうぶだかねえ。」
「そうなのよ・・・。
 前々からお忙しく動いていらっしゃってたんだけど
 あの銃撃事件以来、益々大変そうになったのに
 この頃は食欲まで落ちちゃって、もう心配で・・・。」

「あのバカモノのせいで、ストレスになっているだね!
 主様がやかたをすみやすくしようと、がんばってらっしゃるだに
 なんのもんくがあるんやら、まったくめいわくだよ。
 主様がいなくなったら、またもとのゴロツキぐらしになるじゃないか。
 まったく、へいわなくらしがイヤならここをでてきゃいいだよ!」
アリッサが憤慨すると、デイジーが更に追い討ちをかける事を言った。

「ほんと、そう思うわ!
 襲撃したヤツは死んだらしいけど
 同じような事を考えてるヤツらは、まだいるらしいのよ。」
それを聞いて、益々頭に血が上るアリッサ。

「あの主様に、ゆるせないだね!」
 そんなヤツら、わしがせいばいしてやるだ!」
デイジーはアリッサの両手を握った。
「あたしたちも館のために頑張らないとね。」

悪気のない自己流正義感というものほど、厄介なものはないわけで。
このふたりの館への想いが、アッシュの運命を変えるものになるとは
誰ひとり気付く者はいなかった。

続く。

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