“主様” に反感を持つ人間は、この2件の死亡に動揺した。
「主に殺されたんだ」
全員がそう思った。
アッシュたちの読み通り、確かに最初は個々がバラバラだった。
会えば酒を酌み交わし文句を言う、ただそれだけの関係だったのだ。
しかしその内のひとりが、襲撃事件を起こした。
死んだのは主の護衛の姉で、主も親しくしていた人物である。
「主が復讐のために、反抗的な輩をひとりひとり殺しに掛かっている」
自分の境遇への不満をすべて他人のせいにしグチを言う
そんな単細胞たちが、そう考えるのも自然の流れである。
そうは考えない人間がいた。
バスカムである。
あの女が他人のために復讐などするわけがない
バスカムのこの考えは、今回の件に限っては結果だけ見ると正解なのだが
彼は主の姿を大きく見誤っていた。
バスカムはこの館に、と言うよりは長老会に不満を持っていた。
それは恵まれた境遇の人間に対する憎悪であった。
いわゆる反社会的な思想であり、この館がどうであろうと
結局は必ず持つであろう、不毛な怒りを抱えていたのである。
彼には、この館自体が嫌悪の対象であり
主が替わろうと替わるまいと、壊したかったのである。
彼はいずれは館を逃げ出すつもりであった。
どこへ行っても、彼のこの不満グセは変わらないであろうに。
そんな妄想の中、館では新しい主が誕生した。
外国でヌクヌクと生まれ育ち、何も知らずに来たのに
相続を達成したばかりか、改革までしようとしている。
彼女の最初の演説を聴いたときには、憤死するかと思った。
今までに経験した事のない激しい怒りが、足元から湧き上がり
心臓を強く殴られたような衝撃だった。
この世界のすべてを見抜いているのは俺ひとりなのに
あの無知な女に、頭上から幸運が降り注いでいる。
バスカムには絶対に自覚してはならない事だったが
これは嫉妬というものであった。
バスカムは単に、どこかの頂点に立ちたかっただけなのである。
自分がなれるはずのない者に、アッシュが安々となり
知った風な口を叩いている。
その存在が、バスカムにはとてつもなく目障りだった。
このまま許しておけば、自分が崩壊してしまう。
だがアッシュという人間は、バスカムにとって初めて出会う人種で
その得体の知れなさに尻込みせざるを得なかった。
そう感じたのは、アッシュを目の当たりにした時であった。
1度目は、アッシュが玄関ホールで二人目の敵を滅多打ちにした時
2度目は、アッシュが食堂でニタニタと笑って食事をしてた時である。
こいつに関わっちゃいけない、頭の中にそう警鐘が鳴り響いたが
3度目に前方から走ってくる、怒り全開のアッシュとすれ違った瞬間に
その確信は、バスカムの心に固定された。
この3度目の遭遇の時のアッシュの怒りには、ある事情があった。
アッシュが主就任後の忙しい合間を縫って
コツコツとLV上げをしていたゲームがあった。
時々その姿を見掛けては気になっていたジジイが
やめときゃいいものを、好奇心に逆らえずに
アッシュが席を外した隙に、ちょちょっといじってしまったのである。
ゲームは日本語で何が何やらさっぱりだったが、さすがのジジイにも
画面に映し出された NO DATA の意味はわかった。
ジジイは後悔よりも先に、すさまじい恐怖に駆られて
ムンクの叫びのような顔になりつつ遁走し
戻ってきたアッシュが、それに気付くのに時間は掛からなかった。
実にくだらん話だが、ゲーマーならば
この時のアッシュの心情をわかってもらえるであろう。
こういう時のアッシュの怒りは
巨大龍の怒りにも匹敵する、正に “逆鱗” であり
修羅のごとき形相で髪を振り乱して、ジジイを探し回った。
それを目撃した人は、運が悪かったとしか言い様がないが
バスカムの心にも、大きなトラウマを刻み込んだのである。
ちなみにジジイは、飼料を置く納屋のひとつに隠れていたところを
養豚係によって通報され、アッシュにはちくり回された。
さて、単純バカどもが騒いでいる。
どうせ大した事は出来ないんだから、大人しくしてろ
それでなくとも主の後ろには、歴戦のつわもの、あのローズがいるというのに
どんな思考をしたら、直接対決など考えつくのか。
どうしたものか、とバスカムが煮え切らない思案をしている内に
普段偉そうな事を言ってたせいもあり
単細胞たちが周囲に集まるようになってしまった。
今にも主に殴り込みを掛けそうな勢いに不安を感じたバスカムは
腹をくくってグループのリーダーになった。
自分の周囲をウロつく彼らがまた余計な事をすれば
こっちにも火の粉が掛かる可能性があるからである。
どうせ、いつかは主と対峙しなければならない。
あの不気味な女を抹殺しないと、自分の心に平穏はこないのだ。
バスカムはせかす仲間を押しとどめつつ、機器類を揃えていった。
万が一にも失敗があってはならない、と言いつくろってはいたが
その意味のない機器類を見ると、決戦の先延ばしをしていた観も拭えない。
腹をくくったつもりでも、ダラダラとしていたバスカムのビビりが
デイジーに、引いてはアッシュにつけいる隙を与えてしまったのである。
リーダーは独裁の猪突猛進型が一番成功に近い、という証明にも思える。
そんな中、メンバーのひとりの恋人が主の近くで仕えている、と知る。
しかもその女は内心、主を憎んでいるらしい。
バスカムはメンバーを通じて、その女に
主の部屋から、“何か” を盗ってくるよう命じた。
何か、は何でも良かった。
まずはその女がどこまで役に立つのかを知るのが目的だったし
上手くいけば、主討伐のヒントになるかも知れない。
そのぐらいの目論見だったが、難題に焦ったデイジーによって
グループの存在が、主の知るところになったのは
バスカムの不運、いや甘さだったと言えよう。
続く。
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