「もういい!」
バスカムは、あまり期待をしていなかったので
この女の土産なしには、そう落胆はしていなかった。
しかし1ヶ月掛かって成果なしとは、この女は使えない。
アッシュの思惑通りにそう判断したバスカムは、女に帰っていいと告げる。
ディモルに女から目を離さずにいろ、と命じたのは念のためである。
この処置は、主に恋人を殺された女に対しては、ごく普通の事である。
むしろそんな女を身近に置いている主の方がおかしい。
バスカムには、アッシュが考えなしの大バカに思えていた。
これはごく正しい評価であった。
デイジーが集会部屋から出てきて
自分の部屋に戻ったのを確認したアッシュ一同は、安堵の溜め息を付いた。
引き続きの厳重な監視を頼み、アッシュとリリーは地下通路に下りた。
「どうしますー? もう一気に全員殺っちゃいますー?」
アッシュが歩きつつ、ヘラヘラと笑って言う。
まったく、冗談なのか本気なのかわからない。
アッシュが手の平を壁の装置に当てると、数m先のドアがシュッと開いた。
全ドアでこれが出来るのは、アッシュ以外はジジイとリリーだけである。
働いている者たちは、外部への個別通路のみしか開けられない。
「SFですよねー ♪」
アッシュはこういうのが大好きで、これがしたいがためだけに
“見回り” と称して、意味もなく地下通路をウロついていた。
薄暗い地下をフラフラ徘徊するババアなぞ
不気味以外の何者でもないのに。
「ところで、事務部に反抗的思想の人はいませんよねー?」
アッシュが立ち止まり、リリーに訊く。
「それは大丈夫です。
何重にもチェックを入れてますし、全員わたくしが掌握しております。」
「おおーーーーーっ、女王様ーーーーーーっ!!!」
アッシュが両手を合わせてウルウルと見つめるのを、リリーは無視した。
「長老会への報告はどういたしますか?」
「んー、私としては、こういう事態は内部で収めてからの
事後報告の方が、スムーズにコトが進むと思うんだけどー。」
「では、長老会へは通常報告のみで。
ただ元主様へは、協力を仰いだ方が良いと思いますが。」
「あっ、ジジイには言っておかないとヒガむもんねー。
ジジイが次に来そうな日はいつかなー。」
「いつものサイクルですと、多分、来週初めあたりになると思います。」
「うーん、来週じゃ先過ぎるなあー。
明日だとあからさまだから、あさってあたりが好ましいんだけどー。
よし、Cラインを使おうー!」
Cラインとはアッシュ-ジジイ間の直通電話の事で、盗聴の心配がない。
秘密のsecretは、日本語でsiikurettoと読むから
siiでシーで “C” だとアッシュが言い張って、この名になった。
アッシュはこういうスパイごっこが本気で好きだった。
再び通路を行き、パネルに手をかざしドアを開けて入ったのは
館内の電気関係をすべて司っている部屋で
その広さは、館の北館2個分にも匹敵する広大さである。
地下があるとは思っていたけど、こんなに広いとはねー
だよねー、地上と地下は同じ面積である必要なんてないもんね。
アッシュは、ここも好きだった。
というより、こういう迷路のような地下自体が好きだった。
オカルトに地下は付き物じゃん
薄暗さにビクビクしながらも、妙に興奮するんだよなあ
これぞ、“吊り橋効果” だな!
アッシュは自分の異常嗜好を、大間違いな理論で納得していた。
アッシュが電気部屋と呼ぶその部屋は
地下鉄の制御室のような様相である。
「おおおーっ、これぞ陰謀のエレクトリカルパレードやーーーっ!」
両手を広げて大声で叫ぶアッシュに、誰も反応しない。
この部屋に入る度に、同じセリフを繰り返していたからである。
「さ、主様のいつもの呪文も唱え終わったし
昼間お願いした電気量のデータは抽出できてる?」
リリーが声を掛けた職員が、誘導する。
「はい、ここに。」
積み上げられた膨大な枚数の紙が、アッシュの目まいを誘う。
「で、これを誰が見るんかなー?」
職員の両頬を指で摘まむアッシュに、摘ままれた職員が答える。
「うぉうわたふぃがうんせきしわした (もう私が分析しました)」
「うーん、気が利いてるーっ!」
ここぞとばかりに抱きついて、理系男子にセクハラをするアッシュ。
異様にはしゃぐアッシュを、リリーは冷静に見ていた。
いつも地下に来ると、どっかのネジが飛ぶようだけど
今回のこの舞い上がりっぷりは、ただ事ではない。
このお方は結局、戦いが好きなんじゃないかしら?
「うーん、やっぱりバ・・・何とかの部屋の電気使用量は
他の住人の部屋より微妙に多いっぽいかもー。」
「いい加減、名前を覚えてください。 バスカムです。」
覚える努力をする気がさらさらないのか、アッシュが無視して続ける。
「でも、こんな差じゃわかりにくいですよねー。
これはチェック漏れとは言えないなあー。
まさか住人が通信傍受機器とかを置いてるとは思わなかったしねー。」
デイジーがディモルから聞き出した話によると
リーダーが盗聴機器類を揃えているらしく
それを重く見たアッシュとリリーは
電気部にその情報の裏付けを取るために
各部屋の電気使用量の調査を命じていたのであった。
データを見つつアッシュと話し合う職員に、リリーが訊ねる。
「長老会との電話も受信されていた可能性はあるのかしら?」
「それは実際に機器を見てみないと何とも・・・。」
「事務部の通話内容の確認はした?」
「はい。 なにぶん急なお話で、時間が掛けられず
完全に確認できたのは、まだここ1ヶ月のものだけですが
その期間は、特に大した情報はありませんでした。」
「主様の会話は?」
「・・・「ほー」「へー」、もしくは怒号ぐらいで・・・。」
「ああ・・・そう・・・。 まあ、それなら良かった・・・わ・・・?」
色んな事で落胆するリリーと、申し訳なさそうにする職員に
隣でのんきに書類を読んでいたアッシュが指示を出す。
「じゃあ、明日、反乱軍の各部屋をチェックに行ってくださいー。
怪しまれるとマズいんで、モニター部と連携してくださいねー。
で、今回は確認のみで、一切手を加えないようにー。
確認の様子はビデオに撮ってきてくださいねー。」
「はい、わかりました。」
「じゃ、その他の事はリリーさん、お願いしますねー。
私はジジイにCラインかまして寝ますからー。」
「はい、お疲れ様でした。」
リリーがそう答えると、すべての職員が立ち上がってアッシュを見送った。
アッシュは、敬礼をしてから部屋を出たが
ふっふっふっ、ものすごい上官気分ーーー、と内心ホクホクだった。
続く。
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