館内でのアッシュの警護を担当していて、それは熱心にやっていたけど
館の運営に対しては、まるで無関心なローズであった。
バイオラが死んでからも、その姿勢は変わらなかった。
ただ、余暇には自分の名前でもあるバラの栽培や
ハーブを抽出して作ったアロマオイルなど
元々持っていたメルヘンな趣味を、更に広げていった。
アッシュの寝室には、常にバラの生花が飾られ
バラのドライフラワーもいたるところに吊るされ
何の魔よけだ? と、無機質趣味のアッシュをウンザリさせていた。
アッシュがいる時は、決して部屋には入らなかったが
アッシュが戻ると、テーブルの上にはローズお手製のクッキーが置かれ
ベッドからは、ローズのオリジナルレシピのアロマオイルの匂いが
プンプンと漂い、ローズが来た事を物語っていた。
草だの花だのに興味のないアッシュは以前、無神経にも
「バラの匂いって、うんこの匂いと同系列なんだってよー。」
とナチュラルに暴言を吐いて、しばきあげられた事もある。
そんなローズが常に気にしていたのが、アッシュの精神状態であった。
あの子はリラックスってものをしないから、弱いんだよ
そう思っていたので、アッシュの寝室は “安らげる空間” を演出した。
ローズのコーディネートを元に、多少はアッシュの嗜好も考慮して
シンプルながらも女性らしい彩りにし
バラの香りが基調のアロマオイルを、毎日アッシュのベッドに振りまいた。
バイオラの死後、業務事項以外はほとんど口を利かないふたりだったが
館内を移動するアッシュの背後には、必ずローズがいた。
周囲にはその姿が正に、“アッシュの影” と映り
ローズがいる限り、誰もアッシュに傷を付けられないだろう、と思われた。
それはアッシュの皮膚にだけではない。
心にも、だった。
アッシュは、いつも不機嫌そうだったが
それはアッシュの普段の表情で
言動は常に、良い意味で言うと “自由奔放” だったので
誰もその心の疲れには気付かなかった。 本人ですらも。
だけどそんなアッシュでも、時々わめき狂って
窓から飛び降りたくなる衝動に駆られる時があった。
そういう時にアッシュは、真夜中にドアにもたれて座る。
ローズの寝室へと通じているドアである。
以前はそのドアを開けて、寝ているローズのベッドの横に座って
ローズご自慢のラグのフチをむしって、眠れない夜を過ごしていたが
もうそれをしてはいけない。
だからアッシュはドアにもたれて座るのだ。
そうやって座り込んで、窓の外に広がる夜の空を眺めていると
ドアの向こうにかすかに気配を感じる。
ローズも、ドアの向こうで座っているような気がするのである。
アッシュはドアに耳をくっつけて、目を閉じる。
まるで母親の胎内にいるような、そんな不思議な錯覚を感じつつ
いつしかウトウトと浅い眠りに陥る。
それがアッシュが感じ取れる唯一の、“安らぎ” という感覚であった。
そうして朝が来ると、またウリャウリャ言いながら寝室を出て行く。
部屋を出て今日一日を突っ走って、再びここに戻ってくるのだ。
戻ってきた時には、必ずローズの痕跡があるはずだから
それを確かめるために。
続く。
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