ジャンル・やかた 55

バスカムはフリーズしていた。
仕事から戻ってきた自分の部屋の椅子に
アッシュが座っていたからである。
 
「な・・・」
「そんな事はどうでもいいですー!」
まだ口にもしていない自分の様々な疑問を
アッシュが即座に否定した事に、バスカムは益々怯えた。
 
「あなた、私が嫌いなんですかー? どうしてですかー?」
「い・・・いや・・・、俺はただ・・・」
「言い訳はいりませんから、あなた個人の意見を言ってくださいー。」
 
 
アッシュの直球押せ押せに、バスカムは更に混乱し
それを見たアッシュは、失望も相まって激しくイライラさせられた。
 
アッシュがガンガン追求したのは、生来の短気さゆえだったが
それが逆にバスカムの言い逃れを封印した。
男女間ではよくある言い争いの光景である。
 
 
「で? それが何で気に入らないんですかー?」
「だって俺は・・・」
アッシュの攻めに呑まれ、バスカムはところどころ本音を答え始める。
だって、でも、だけど、の合間合間にである。
 
攻防が明確なやり取りを、しばらく続けていたが
アッシュが聞こえよがしに溜め息を付いて言った。
「ああー、もういいー、よくわかりましたー。
 あんたねー、それは “妬み” ですわー。」
「な・・・・・・・・」
 
激昂したバスカムの怒声をさえぎって、アッシュが言う。
「図星だから怒るんじゃんー。
 自分が妬む側のザコサイドだって事を自覚したらー?
 あんたの不遇は、私のせいじゃねーよー。」
アッシュの言い草は、人の神経を見事に逆なでするものだった。
 
 
握り締めたバスカムの拳を見逃さず、アッシュが鼻で笑いながら言う。
「へえー? 私が丸腰でひとりでここに来ていると思うんですかー?
 この “私” が、ちょっとでも勝算のない戦に出るとでもー?」
 
そして急に笑顔をやめて、バスカムを睨んで恫喝する。
「己の力量を見誤って、私に戦いを挑もうとする、
 そこで既に負ける側になってしまっているんだよっ!!!」
 
これはアッシュのハッタリでしかなかったが
バスカムを脅すには、充分な効果があった。
理論で武装してきたバスカムと、勢いだけでのし上がったアッシュ
考えを巡らせる時間がない一瞬の心理戦では、勝敗が決まりきっている。
 
 
激しく動揺しているバスカムに、アッシュは優しく言った。
「ここにいる限り、私とだけは仲良くしといた方が良いと思いますよー?
 私はこれでも、あなたの事を評価していたんですよー?」
アッシュは椅子から立ち上がった。
 
ドアの前のバスカムの隣まで来て、頭をちょっと傾けて付け加える。
「ああー、でも、その評価もあなたの働き次第ですけどねー。
 今後のあなたの運命は、私の胸ひとつで決まるんですよー?
 あなたがどう思おうと、私がその是非を決定する立場なんですよー?
 これはこの先ずっと変わらない、人生の決定事項なんですよー?
 どうあらがおうが変わらない、“運命” ってあるんですよー?
 そこ、きちんと理解しておいてくださいねー。」
 
言い終わった後に、横目でバスカムの目を無表情でジッと見つめた。
その静けさはほんの数秒だったが、バスカムには何分にも感じられた。
 
アッシュが出て行った後、バスカムはよろけるように床に座り込み
その頬には、涙が伝っていた。
敗北への悔しさや怒り、アッシュへの恐怖
色んな感情の入り混じった慟哭が、バスカムを襲ったのだ。
 
 
執務室に戻ったアッシュの胸元から、リリーがマイクを取り外した。
パソコンの画面の前に座ると、暗い表情のジジイが映っていた。
 
「どうしたんですかー?」
アッシュが普段通りの口調で訊ねた。
「あやつがちょっと気の毒になってな・・・。
 あれ、自分が言われたらどんだけ落ち込むやら・・・。
 あんた、人を貶すのが上手いのお・・・。」
 
ジジイが沈んだ様子で答えると、アッシュが心外と言った様子で言う。
「ああー? 私はあいつの俺様理論を根気強く聞いてたでしょーがー!
 ほんっと、あんなに下らんヤツだとは思わんかったわー。
 ガッカリさせられて気の毒なのはこっちですよー。」
 
「いや、あまりにも一方的な勝負じゃったんでな。」
ジジイのバスカム擁護に、アッシュは最高潮に不機嫌になった。
「全部を人のせいにするヤツなんか、タメにならんわ!」
そして、リリーの方を向いて言った。
「私、もう寝るけど、これブチ切って良いー?」
 
「あ、業務伝達があるんで、繋げたままにしてください。」
リリーの言葉を聞いたアッシュは、画面のジジイを睨んで怒鳴った。
「文句があるなら、いつでも来いや、こらあーーー!
 棺おけに叩き込んだるわー! クソジジイー!
 じゃ、おやすみー。」
 
 
アッシュがブリブリ怒って出て行った後
リリーがモニターの前に座り、業務伝達をする。
その、いつにも増して冷たい表情の意味をジジイが訊いたら
少しちゅうちょした後に、リリーが口を開いた。
 
「確かに主様の言いようはひどいものでしたが
 彼をあそこで叩き潰しておいて正解だったと思います。
 何のかの言ってても、主様は自分より館の事を優先なさいますが
 彼は自分のためだけを考える人間です。
 それがはっきりとわかったので、彼は館のタメにはならない
 主様はそう判断なさったのではないでしょうか。」
 
 
その言葉を聞いて、しばらく腕組みをして
先ほどのやり取りを思い返していたジジイは、目を見開いた。
 
「そうじゃな!! あんたの言う通りじゃ!
 我がままで凶暴で突っ走るしかせんアホウじゃが
 アッシュはあれでも館を第一に考えとる。
 じゃが、バスカムには自分の欲しかなかった。
 ふたりはまったく違うタイプじゃが、一番違うのはそこじゃな!」
 
それに気付いて、ジジイは頭を抱えた。
「あー、わし、言葉だけ印象に残ったんで、アッシュを責めてしもうた。
 どうしたら良いんじゃろ・・・。」
 
リリーは冷たく言い放った。
「諦めて数発殴らせたら、主様のご機嫌も直るんじゃないですか?」
「年寄りにはきっつい仕置きじゃのお・・・。」
 
 
ジジイはその夜、後悔で眠れなかった。
アッシュもその夜、腹立ちで眠れなかった。
 
ふたりが仲直りをするのは
ジジイのこめかみに本の角が当たって流血した後である。
それはアッシュが投げつけた数々の固形物のひとつであった。
 
 
続く。
 
 
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