「バスカムが部屋で死んでます!」
その一報を受けたアッシュは、驚愕した。
アッシュの攻撃以来、バスカムは数日部屋に閉じこもっていたのだが
不審に思った住人によって、今朝死体が発見されたという。
薬の空き瓶と、落ちていた錠剤、腕の傷といった現場の様子は
自殺だとすぐわかる状況であった。
「遺書は?」
「残っていません。」
「接触した人物は?」
「今のところ、見当たりません。」
監視部の人間とリリーがやり取りをしている横で
どうしよう、とアッシュは悩んだ。
こんな事になるんなら、反乱軍の部屋全部に盗聴器を仕掛ければ良かった
私のせい・・・、だよね、そりゃもう明らかに!
にしても、人格の全面否定は洗脳の第一歩なのに
まさか自殺するとは・・・、やりすぎたか?
てゆーか、人を殺そうと企んでいたくせに
何でそんなに打たれ弱いんだよ?
ここを乗っ取っても、そんなんじゃやっていけるわけがないだろ
まったくあいつは、とことん身の程知らずとゆーか
後先考えずっちゅーか、まあ、それは私も同じだけどよー
脳内でグルグルと余計な事までごちゃ混ぜに思考が空転し
両手を机についてうつむいて立つアッシュに、リリーが言った。
「元様からお電話です。」
ジジイのCラインだ、あいつ相変わらず耳が早い。
「書斎で取りますからー。」
事務部の人間が慌ただしく出入りする執務室では
さすがに今回の事は詳しく話せない。
もしもーし、と出たアッシュに、ジジイがいきなり叫んだ。
「あんたのせいじゃない!」
その大声に、ビクッとして受話器を落としかけるアッシュ。
改めて受話器を持ち直し、気も取り直して言った。
「いや、私のせいですー。
館で起きるすべての事は全部、現場トップである私の責任で
それを覚悟しなくちゃいけないのは、当然ですからー。
そんなんを抜きにしても、この自殺は私の責任ですー。
あんだけ、めったくそにケナしちゃったんですからー。
こうなる可能性も考慮して動くべきだったんですー。」
「ふむ、それもそうじゃな。」
あっさりと意見をひるがえしたジジイに、アッシュは逆切れした。
「ええーっ、結構ショックなんで、もちっと慰めてくださいよーっ。」
「慰労パーティーを開いてやっても良いんじゃが、コトは急を要せんか?」
「あっ、そうでしたー!
残党がヤバいですよねー、どうしましょうー?
こっち、まだ計画を立ててないんですよー。」
「そうか・・・、だったらな・・・」
アッシュとジジイがあれこれと話し合っている時に
館の隅っこでも、数人の男たちがボソボソと話し合っていた。
「バスカムは自殺なんかじゃねえ。」
「おかしいぜ、突然。」
「きっと主が自殺に見せかけて殺したのさ。」
「どうする・・・?」
「やるしかねえだろ!」
「俺はイヤだぜ!」
ひとりの男が立ち上がった。
「あの用心深いバスカムが殺られたんだぜ?
適うわけがねえじゃねえかよ。 俺は逃げる!」
立ち上がった男は、制止を振り切って足早に立ち去った。
翌日、男がまたしても池に浮かんでいるのが見つかった。
検死は泥酔しての溺死だったが、その死体はディモルであった。
その事をリリーに告げられたアッシュは、益々激しく動揺した。
“主の意思” ではなかったからである。
確かにディモルは、抹殺対象の3人の内のひとりであった。
しかしその実行は、月日を空けてするつもりで
こんなに短期間での連続殺人など、予定していなかったのだ。
アッシュは、お茶を頼んだ。
いつもアッシュのお茶を持ってくるのはデイジーである。
デイジーがお茶を運んでくると、アッシュが訊ねた。
「話す時間・・・、ありますよねー?」
「ご想像通り、ディモルを殺したのはあたしです。」
デイジーはケロリとした顔で白状した。
「夕べ、ディモルに突然呼び出されたんです。
ピンと来ました。
ディモルは、バスカムの死であたしを疑っている、と。
そこで館内はヤバいから、と池で待ち合わせたんです。」
「それでー・・・?」
デイジーは淡々と続けた。
「ところが違いました。
ディモルは、あたしと一緒に逃げるつもりだったんです。
バスカムが主様に殺られて、あたしたちもヤバいから、と。」
「言っときますけど、バスカムは本当に自殺なんですよー?」
アッシュが念を押すと、デイジーはサラッと言った。
「そんな事はどうでも良いんです。
あんなヤツ、死んで良い気味です。
むしろ主様に殺されていてほしいぐらいです!」
ついつい語気が荒くなっているのに気付いたデイジーは
少しちゅうちょした後、落ち着き直して話を再開した。
「・・・ディモルもそう。
あたしをここから連れ出そうなんて、何様なんだか!
本当に腹が立ちました。」
「それで殺したんですかー?」
「はい。 どうせ、殺すつもりでしたから。
あいつだけは主様が何と言おうと許せません!
あんなヤツ、死んで当然です!」
目を吊り上げて怒るデイジーに、アッシュは内心恐怖を感じたが
少し考えるそぶりをして、間を置いてからなだめるように語りかけた。
「そう・・・、わかりましたー。
私には、あなたを責められませんー。
あなたの気持ちがわかるからですー。」
「主様・・・。」
ちょっと感動しかけるデイジーに、水を差すかのように悲しそうに言う。
「だけど、何故まず私に相談してくれなかったのですかー?
・・・いえ、それも私が頼りないせいなんですねー・・・。
あなたにそんな重荷を負わせるなど、私は主失格ですー・・・。」
意外な言葉に、デイジーは慌てた。
「主様、それは違います! 違うんです!
あたし、今回の事は前から決めてて、それが突然だったから・・・」
必死で言うデイジーに、アッシュは目を伏せたまま無言だ。
その様子を見て、デイジーは言い訳を止めた。
「・・・主様・・・、すみませんでした。
今後は決して主様の指示なしには動きません。
必ずご相談しますから、どうかお許しください。」
とりすがるデイジーを見据えて、アッシュが言った。
「絶対にそうしてくださいねー?」
口調は優しかったが、目が冷たい光を放つ。
デイジーは一瞬ゾッとしたが、その冷淡さに魅了された。
ああ・・・、このお方はやはり “主” なのだ・・・。
デイジーが部屋を退出するのを見送りもせず
アッシュは窓際に立ち、外を眺めていた。
勝手な事をすんじゃねえよ、ボケ!
お陰で今後の予定がダダ狂いじゃねえかい、どーしてくれんだよ
てゆーか、今回の事って、最初っからおめえの暴走が原因だろ
おめえ実は私の足を引っ張りたいんじゃねえのか?
私、やたらめったら大ピーンチ!!!!!
冷静な態度とは裏腹に、腹の中でそう叫ぶアッシュは
窮地に立たされた、と思っていたが、それはまだ序章に過ぎなかった。
続く。
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