「あたしはあんたを守る、と約束したね?」
ローズの問いかけに、アッシュは、うん、だから殺して良いよ
と心の中で返事をしながら、無言でうなずいた。
「それはあたしの命を懸けて誓った事だ。
あんたがどうなろうと、絶対にあたしはあんたを守る。
だから・・・。」
そこまで言うと、ローズはあたりを見回した。
天気が良いせいか、屋上には数人の女性が輪になって座っていて
裁縫箱や布があるところを見ると、何かの手作業をしているようだ。
アッシュとローズが来たのに気付いて、手を止めて見ている。
「ああ、ちょうど良いね。」
ローズは女性たちを見ながらつぶやいた。
「ここで待ってな。」
ローズはアッシュにそう言うと、女性たちの方へと歩いて行った。
アッシュがキョトンとして見守っていると
ローズは女性たちの横を通り過ぎ、立ち止まり
そしてアッシュの方を振り向いて、にっこりと笑った。
次の瞬間
ローズが 真っ青 な 空 に 溶け て いった
とぎれとぎれに薄っすらと思うアッシュを引き戻したのは
女性たちの響き渡る悲鳴だった。
アッシュはそれだけで全てを悟った。
足どころか、指の一本すら動かせなかった。
一体どれほどの時間、そこに立っていたのかわからないが
アッシュが我に返ったのは、リリーに体を揺さぶられた時だった。
周囲では大勢の人々が、慌ただしく走り回っている。
リリーが自分に向かって、しきりに何かを叫んでいるようだが
何故だか、その言葉がどうしても理解できない。
これまでにないアッシュの動揺ぶりを見て、リリーが命じ
アッシュは警備員に抱きかかえられて、寝室に戻った。
医師が来て鎮静剤を注射したせいか
アッシュは何週間ぶりかで、よく眠れた。
それは、安眠とはほど遠いものであったが。
看護士が様子を見に行くと
アッシュは目を開いて天井を見つめながら、ベッドに横たわっていた。
身動きひとつしないその姿に、ちょっとちゅうちょしたが声を掛ける。
「・・・お加減はいかがですか?」
アッシュはその声を聞いた途端、スッと起き上がった。
「迷惑を掛けて申し訳ありませんでしたー。
もう大丈夫ですー。」
ベッドから降りながらフラ付いたので
もう少しお休みになった方が、と止める看護士に
にっこり微笑みながら、バスルームに入っていった。
風呂に入り、さっぱりした様子で執務室に入ってきたアッシュを見て
連絡を受けて待っていたジジイもリリーも
お茶を用意していたデイジーも、一様に驚いた。
2日前に放心していたとは思えないぐらい、平静なのである。
「ご心配をお掛けして、すみませんでしたー。」
いつもと同じように話すアッシュだが、どこか以前と雰囲気が違う。
こんな時に口を開くのは、上司であるジジイの義務。
「・・・それで、何がどうしたんじゃ・・・?」
「それは今日の演説の時に話しますー。」
アッシュのきっぱりとした口調に、誰も異議を唱えられなかったが
全員が思った。
今日、演説をするのか?
館中が大騒ぎになっているので
すぐにでも説明をした方が良い事は良いのだが
ローズが死んでから2日間、ずっと眠りっ放しで
葬儀にも出席できなかったアッシュが、起きていきなり演説など
ムチャではないのか?
そんな心配をよそに、アッシュはいつも以上にテキパキと事務をこなす。
自分が寝ていた間の事を、何ひとつ訊かないし
その前後にアッシュとローズに起きた事も話さない。
何かがおかしい。
が、ここはアッシュに任せるしかない。
ジジイとリリーには、演説までの1時間がやたら長く感じられた。
講堂には住人たちのほぼ全員が来ていた。
皆、演説があるという放送を聞き、仕事も何も放っぽり出して来ていた。
講堂は本来、全員分を収容できる大きさだったが
詰めて座らないので、立ち見まで出る有り様だった。
ジジイとリリーは、アッシュの後ろについて講堂に入り
席を譲ろうとする男性の勧めを丁寧に断って
控え室のドアのところに立って聴く事にした。
アッシュが壇上に上る。
人で一杯の講堂は、無人であるかのように静まり返った。
誰も呼吸していないかのように。
これぞ固唾を呑む、というやつだろうか。
アッシュがマイクを少し動かし、口を開いた。
続く。
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Comments
“ジャンル・やかた 59” への4件のフィードバック
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衝撃の展開で…(泣)
ローズさ~ん!!!!!! -
やっぱりか・・・
ローズ、好きだ。
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怒濤の展開が続いていますね…!
続きが、続きが気になります。
どきどき。 -
ローズは私も大好きだった。
学がなくて無骨でお節介で
でも愛情深い。
こんな女性に出会えただけでも
アッシュは幸せだったのに・・・。
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