ジャンル・やかた 60

「最近の連続した死亡事件は、管理部でも不審に思ったので
 密かに調査をしていましたー。」
アッシュがいつもの口調で話し始めた。
それも皆が一番聞きたかった本題を、いきなりである。
 
「その結果、浮かび上がったのが、私の護衛、ローズさんでしたー。」
ジジイとリリーは、内心驚愕した。
実際には、そんな動きは一切なかったからである。
 
「そこで私はローズさんに問いただしてみましたー。
 すると、驚くべき事が判明したのですー。」
 
少し間を置いたのち、続ける。
「今回、亡くなった人たちは皆、現在の館の改革に反感を持ち
 私を襲撃しようと計画を立てていたのですー。
 私を良くは思わない人もいるとは聞いていましたが
 まさか具体的な襲撃の計画があるとは思っていませんでしたー。
 これは、私の管理不行き届きですー。」
 
 
ところどころに本当の事を織り交ぜながらアッシュが語る。
大体の主旨を決めたら、後は言いたい放題がアッシュのやり方なので
通常の演説の時にも、原稿は一切持ち込まない。
会場を見渡しながら、来ている人々ひとりひとりと
順々に目を合わせつつ大声で話す。
 
それが説得力の助けになっていたが、アッシュは無意識にやっていたので
天性の詐欺師能力を持っているのかも知れない。
 
 
「本来ならば襲撃計画の事を知った時点で、私に報告すべきでしたー。
 しかしローズさんは、数年前に姉バイオラさんを
 彼らの仲間の襲撃で亡くしていたのですー。
 ローズさんは、彼らを放置していたら
 繰り返される襲撃で、いつか私が殺されると焦ったのでしょうー。」
 
アッシュは一旦うつむき、迷うようなしぐさをした後、再び口を開いた。
「反乱グループのリーダーのバスカムさんが自殺してしまい
 その死の疑いが私に掛かっている、と知ったローズさんは
 彼らを殺しましたー。
 ディモルさんと、タンツさんですー。
 オラスさんは館を逃げ出し、州外れで車にはねられて亡くなりましたー。
 バスカムさんとオラスさんの事は、悲しむべき偶然の出来事で
 ローズさんとは無関係ですー。」
 
ほおー、そうだったのか、と、あちこちでかすかな声がする。
「ローズさんは、これらの事を率直に話してくれましたー。
 ローズさんのした事は、してはいけない事ですー
 しかし全部、私のためだったのですー。
 私はどうしてもローズさんを責める気にはなれませんー。
 こんな事では、主失格ですー。
 私も同じく責められるべきなのですー。」
 
 
アッシュはここまで話すと
人々を見回していた目を前方の空間に固定した。
どこを見ているのかわからない、焦点の合っていない眼差しだった。
 
「・・・ただ・・・、皆さんに固くお願いしたいー。
 何か起きたら、周囲の人、出来れば私にも相談をしてくださいー。
 苦情や不満がある人も、私とまず話し合う事をお願いしますー。」
 
次の瞬間、アッシュの様子がガラリと変わった。
「そして・・・何があっても、自ら、・・・死を、選ばないでくださいー。
 死んで、ラクになれる、とか、ありませんー。
 自殺、してからが、本当の、苦しみの、始まり、なのです、からー。」
 
 
アッシュの表情が強張り、視線は変わらず宙に固定されている。
その様子を見ていた人々は、アッシュが泣き出すかと思ったが
アッシュの目からは涙の一粒も零れ落ちず、まばたきすらしない。
 
それを見ていると、何故か寒気がしてきた。
館に来た当時からずっと、ローズがアッシュから離れずに守っていたのを
住人全員が知っていて、ふたりの間には強い絆が感じられた。
 
そのローズが、罪を犯したとは言え目の前で自殺してしまい
どれほどのショックを受けただろうか
誰もがアッシュの悲しみを、容易に想像できる。
 
 
しかしアッシュは微塵も悲しんではいなかった。
自分をこの世界にひとりにした事を、深く強く怒っていたのだ。
経験した事のない、静かなそれでいて激しい怒りであった。
 
アッシュの形相には、無表情なのにそれがにじみ出ていた。
体の周りに冷気が立ち上がる幻が見えるほどの迫力が。
 
その異様な雰囲気に、震え上がる者もいたが
その事が逆に最高の悲しみに感じる者、涙を流す者もいて
講堂中が恐怖と悲しみの織り交ざる、重苦しい雰囲気に包まれた。
 
 
「重ねてお願いしますー。
 自殺だけは絶対に絶対にしないでくださいー。」
そう言うと、ようやく視線を落として壇上を降りた。
 
アッシュが控え室に入っても、誰も口を開かず
しばらくそのまま放心していた。
 
 
ジジイとリリーは、予想だにしなかったアッシュの演説に
かなりの動揺をしていたが、それを表情に出さずに聴いていた。
住人たちに邪推されるとマズいからだ。
 
しかし住人たちは全員、壇上のアッシュに注目していて
誰ひとりアッシュから目を離す者はいなかったので
ふたりのこの演技も徒労に終わった。
 
 
無言で執務室に戻ったジジイとリリー。
アッシュは事務部に寄っているようだ。
部屋にはふたりだけだったが、演説について話す気にはなれなかった。
 
アッシュの話した事は、事実とは違う。
おそらくアッシュの今の状況を心配したローズが
何かを取り決めたのであろう。
 
 
演説で、ひとことも “事実” という単語を使わなかったのは
アッシュに罪悪感があるせいだろうか。
 
ふたりともそう想像したが、“真実” は誰にもわからない。
当のアッシュにも。
 
 
続く。
 
 
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