ジャンル・やかた 61

住人たちの動揺は、アッシュの演説で見事に収まった。
この館で再び殺人が起こるなど、あってはならない事だったが
それは “愛” のためだと認識されたのである。
 
理由が愛だろうが何だろうが、殺人は凶悪犯罪なのだが
長期間に渡って戦場だったここでは
やはりそのあたりの感覚が狂っている、という事なのだろう。
 
 
反乱グループの残党も、逆らう気力を失っていた。
たとえ主が許したとしても、主の周囲が許してはくれないのである。
積極的だった仲間が真っ先に殺された、という恐怖もあるが
何よりもその内のひとりが逃亡した、という方に失望を感じた。
 
どんなに偉そうな事を言っても、しょせんビビったら逃げ出してしまう。
だが主は絶対に逃げる事はないだろう。
 
あの演説の時の、得体の知れない空気・・・。
自分たちと主では、気合いが違う。
主が主になった理由が、何となく理解できた。
 
こういう状態で、いつまでもツルんでいたら
いつ主の目がこっちに向くかわからない
その恐怖から、グループは自然に瓦解していった。
 
 
ジジイとリリーは、アッシュのウソを最初から理解できたが
調査や計画に加わっていた他の館員たちはどう思ったか。
 
ローズの最期の行動は、カメラのない室内以外はすべて録画されていた。
アッシュを屋上に連れて行ったのも、屋上での会話も。
 
それをジジイとリリーを含めた、今回の事件関係者全員で検証した結果
とり残されたアッシュの様子も含めて
罪をかぶるのはローズの意思だった、と結論付けた。
 
 
それにしても、アッシュのあのショックの受けようは
ローズの考えを知らされていなかったように見える。
 
なのに素早く切り替えるあたり
お互いが何も言わずともわかりあえる仲だったのだろう
と、都合の良い方向へと解釈された。
 
それを “事実” と判断して、館員たちは皆泣いた。
ジジイとリリーも、はばからずに涙を流した。
 
 
これは主様の評価については心配なさそうね。
リリーは、密かに館員たちの心情をチェックしていたのだった。
 
一連の事件は、あまりにも犠牲が大きすぎた。
でもここを乗り切って館を安定させなければ、その犠牲がムダになる。
そのためには、事務部全部の団結が必要なのよ。
 
 
ジジイのアッシュへの信頼は、一瞬も揺るがなかった。
それどころか、前にも増して固くなっていた。
 
ひとつの空間の頂点に立つ者は、大抵血まみれじゃ。
他人の血だけじゃなく、自分の血も浴びておる。
それに耐えられるか耐えられないかが、資質というものなんじゃ。
 
あやつは迅速かつ的確に、“主” の成すべき道を見抜いた。
本来なら、手放しで褒めてやりたいもんじゃぞ。
 
 
リリーの懸念、ジジイの賞賛、そしてデイジーの心配。
デイジーは、ローズの死を喜ぶ、ただひとりの側近だった。
 
主様に “特別” があってはならない。
常々あの女の存在を邪魔に感じてきたけれど
意外にもそのローズが死んでくれて、主様はそれを上手く利用した。
主様がおひとりで立ったという事。
これからが真の主様の始まりだわ!
 
しかし大きな心配があった。
アッシュは、固形物が食べられなくなっていた。
口に入れても吐き気で飲み込めないようだ。
 
このままじゃ体力がなくなって死んでしまう、と
焦っているところに、アリッサの言葉で余計に心配が重なる。
「主様のおからだがつめたいだよ。」
 
栄養が摂れていないんだわ
何とか主様にお元気になってもらわないと。
デイジーは、和食サイトを必死に検索していた。
 
 
各々の想いをよそに、アッシュは精力的に仕事をこなした。
反乱事件でうろたえていた期間に滞っていた通常業務を片付けるのだ。
長老会には今回の報告のため、臨時会議の開催を要請した。
そのための資料作りにも手間が掛かる。
 
館の軌道を、早く元に戻さなくてはならない。
そして改革を進めなければ。
私の悪行を知っている者たちに、有無を言わせない結果を出さねば。
 
 
悪行・・・・・
 
アッシュは無意識に浮かんだ単語に、つい考え込みそうになって
頭の中で開きかけた箱を、慌てて閉じた。
 
感情はいらない!
多くの人の人生が掛かっている、という重責のみを見つめろ。
決定権を持つ者に私情があってはならない!
 
 
アッシュは寝室の改造を決めた。
天井も床も窓枠も含め、一部屋丸ごとの改築である。
家具や調度品、枕カバーにいたるまで、すべてのものを新しく替えるのだ。
 
ローズの寝室は封鎖し、入り口を取り壊し壁にする。
アッシュの寝室と繋がっているドアも取り壊し
壁にして、更にそこには棚を置こう。
 
 
以前のメルヘンなベッドルームとはうって変わって
アッシュ本来の好みの、殺伐とした空間にする計画を立てた。
 
パソコンはペンティアムコアi7自作を注文し
液晶TVは映画用の105インチと、ゲーム用の52インチ
TVゲーム機は、PS3からワンダースワンまで万遍なく揃え
ビデオデッキ、DVDプレーヤー、ブルーレイ、HDVD
CD、MDは無難なオーディオシステムにしたが
レコードやカセットテープは、真空管アンプと張り込み
ドルビープロロジックのサラウンドシステムも忘れない。
ビデオ棚、ディスク棚、ゲームソフト棚、CD棚も、幾重にも。
 
美容雑誌や攻略本が並んだ頭の悪そうな本棚に
窓際の壁には、折りたたみ式三面鏡付き洗面台とコスメラック
メイクスペースの棚には、数々の美容機器
化粧品専用冷蔵庫も完備は当然。
 
部屋の入り口には、靴を脱ぐ場所を設置し
床は畳、コタツに座椅子に布団直敷き。
 
館の中でのこの一部屋を、どこぞの日の本の国の
ちょっとマニア入っちゃってる~? みたいな~?
なヤツが住むアパートの一室みたいにしたい。
 
 
よし! これなら1万年でも引きこもれるわ
てゆーか、こういう部屋に住めるなら、私の人生に何の悔いもなし!
 
そう、悔いなどひとつもない!!!
 
 
続く。
 
 
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