配られた報告書とアッシュの解説に、長老会メンバーは苦悩していた。
「これは、本当の事なのかね?」
ひとりの紳士がアッシュに向かって訊ねた。
「何をマヌケな質問をしているんですかー。
これが、まごうことなき現実なんですー。」
資料を片付けながら、振り向きもせずに答えるアッシュに
他のメンバーが続けて訊く。
「きみは長年の護衛に罪をかぶせたわけだね?」
その言葉にアッシュの右目がピクッと動き
参加していたジジイとリリーはハラハラした。
アッシュは椅子に座り、テーブルを指でカツカツ叩きながら言う。
「こういう事を言うのは卑怯なんで、ほんと言いたくはないですけどねー
最前線にいない人にはわからないと思いますよー。
てか、普通の暮らしを出来るなら
こんな汚れ仕事、わかる必要なんてないですー。
死ぬか生きるかの環境なんて、存在しない方が良いんですからー。
でも私はもう、ドップリ関わってしまったー。
責任も重いー。
それをわきまえて、自分の仕事をこなしますから
今後は事後報告のみを待っていてくださいー。
この報告書を見ただけで、気分が沈むでしょー?
事件勃発の真っ最中に経過を聞いていたら、マジでウツになりますよー?
本当なら、改革が完了するまでは
皆さんへの報告も止めたいぐらいなんですよー。
知らない方が良い事も多いんですからねー。」
「知られたくない事をしている、って事かね?」
その言葉にアッシュが激怒すると、言った本人も含め全員が覚悟したが
意外にもアッシュは冷徹な表情で静かに答えた。
「知られたくない事をしていた事を
しないで済むようにしたいから、今頑張ってるんですよー。」
まるで早口言葉のような、わかりにくい返答だったが
メンバー全員がその言葉の意味を深く理解し、言葉に詰まった。
「どうせ汚れた手だから、責任は全部私が負いますー。
時間が掛かる事ですが、必ず私の代で終わらせますー。
そして私が死んだ後に、やっと館が浄化されるんですー。
その計画を見守っててくれませんかねー?」
長老会メンバーが皆、沈痛な面持ちで黙りこくったところに
アッシュが、紙を取り出した。
「それで、今回の締めくくりとして
私の寝室の改築をしたいので、その経費を認めてくれませんかねー?
図面と明細はこれですー。」
「何だね?」
ワラワラと集まって、その紙を覗き込む。
「部屋を丸ごと取り替えるのかね!」
「tatami?」
「液晶TV2台?」
会議室がザワめきたつ。
「これは何だ? メガドライブ?」
「SEGAのゲーム機ですよー。」
「こっちは何だ? ナショナルイ・・・オンスチーマー?」
「ああ、それは美顔器ですー。」
爪をほじくりながら答えるアッシュを全員が睨む。
「何のためにこんな物が必要なのかね?」
「ほんと、すいませんー。
自分でもちょっと独裁入っちゃってるかなー、と思ったんですけどー
私の心の安定のためなんですー。
さっきは大きい事言っちゃいましたけどねー
私も今回の事は、精神的にものすごいキツいものがあってですねー
せめて寝る場所ぐらいは、安心できる空間にしたいんですよー。
実はもう発注済みなんで、後は工事を始めるだけですー。
でもこれでも売れる物は全部売っちゃって
費用の足しにしようとしたんですけど、もう全然足りなくてー。」
一本調子で答えるアッシュに、一番若そうなメンバーが口を開いた。
「あなたは、OTAKU? とかいうやつでーすか?」
アッシュは はあ??? 何言ってんの? こいつ
という表情で、そのメンバーを睨んだ。
いつもは真面目にふざけた態度を取っているので
態度の悪さのランクで言ったら、そう変わらないのだが
今日のアッシュには、どことなく凄みがある。
たとえて言えば、チンピラ風情が盃をもらった、みたいな。
そんなアッシュの態度に戸惑ったメンバーが無言でいると
アッシュがテーブルの上に両手を組み、ようやく普通の口調で話し始めた。
ご機嫌が直ったのかと思ったが、その内容はよりヒドいものだった。
「子供を何人も誘拐してきて殺して血を飲むとか
使用人に次々に暴行するとか、そんな事をするより
ゲームの中でモンスターを倒している方が、健全じゃないですかー?
そういう極悪非道な支配者って大勢いるわけですしー。」
あまりの言い草に、互いに目を合わせて動揺するメンバーたち
ジジイがその様子を見て、アッシュに告げた。
「ちょっと我々だけで話すから、席を外してくれんかのお?」
アッシュとリリーが出て行った後、残された長老会メンバーは
ジジイのアッシュかばい独演会を想像したが
意外にもジジイが発したのは質問だった。
「それでどうするんじゃ?
アッシュを主から下ろす事も考えるべきじゃないかい?」
その言葉を聞くと、途端に会議室がザワめき始めた。
「いや、その選択肢はないんじゃないですか?
ここまで来といて、今更交代は愚策の極みでしょう!」
「実際にあそこまで出来る人間は、そうはいないと思うねえ。」
「そうだな、ゼロから権力を持った人間は、勘違いの全能感に溺れる。
しかし彼女には、それだけは見られない。
現に初めての個人的要求が、この寝室の改築だ。」
次々と起こるアッシュ擁護に、ジジイは内心ほくそ笑んだ。
じゃろ? 冷静に考えればあんな逸材はおらんぞ?
ジジイのアッシュ交代提案は
長老会に、自らの意思でアッシュを選ばせ直すためのワナだった。
ダラダラと30余年、運のみで主を務めていただけかと思いきや
それだけの功績を残せたジジイは、やはりかなりのタヌキであった。
続く。
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