ジャンル・やかた 65

「まず、この書類を見てくださいー。」
アッシュが示し、リリーが書類を配る。
 
あらかじめ提出しておかなかったのは
その場で提案し、勢いのみで押し切ろうという
アッシュのいつものやり方であった。
 
 
「館は畜産だけでも、牛、豚、羊、鶏を飼っていますー。
 それに加えて、広大な畑で様々な作物も栽培していますー。
 しかしその収穫物は、住人が消費する以外は
 村にちょろっと卸すぐらいなんですよー。」
 
「それがどうしたんだね?」
「この館、寄付金と税金で運営されているんですよねー?
 皆さん、寄付していらっしゃいますよねー?
 それを “投資” にしてみませんかー?」
 
まるで、どこぞの不認可金融取引セミナーのような話である。
メンバーもやれやれ、と落胆した。
 
 
「館の産業は、昔ながらの方法でやってるんですよー。
 つまり人の手ですべてまかない、化学薬品も極力使わないー。
 今で言うところの “自然派” なんですー。
 それが実に丁寧で美味いんですよー、野菜も肉もー。
 これは充分に “館” ブランドとして、売れるレベルなんですねー。」
捲くし立ては、アッシュの真骨頂である。
 
「村のリサーチもしてみましたー。
 街が館の本拠地なら、村は館の最前線ですー。
 村の人々は、細々と生活を営んでいて
 大きい買い物は街まで行ってるんですー。
 店が充実していないー。」
 
アッシュは、館での演説のように声を張り上げた。
「そこでー!」
 
「村に館ブランドの製品の直売所を作るんですー。
 乳製品はまだ生産量が弱いですが、野菜や肉は充分に出荷可能ですー。
 この提案に、村人の反応は好評でしたー。
 販売の仕事をしたいという人もいますー。
 売り場所を作る資金がないなら、ネット販売も視野に入れれば良いしー
 館の仕事を自給自足主体ではなく、商売にするためには
 もっと効率を考える必要があって、その計画書がこれですー。」
 
 
ここまできたら、徐々にメンバーも興味を持ち始め
リリーが配る書類を食い入るように見る。
 
「自給自足も良いけれど、やはりお金は回さなくては集まってこないー。
 外貨を稼ぐのが、経済の第一歩だと思うんですー。
 それで軌道に乗って採算が取れるようになったら
 館への税金の投入が少なくなり
 皆さんの “寄付” も “投資” になるかも知れませんー。
 まあ、これは順調に行けば、ですがー。」
 
「ふむ、これは良い計画だと思うが、そう上手くいくかね?」
その指摘に、アッシュはイヤミったらしく溜め息を付いた。
 
「まったく気が短いー。
 いいですかー、この計画はかなりの長期で考えてくださいー。
 最初は口コミで売るしかないですが
 私が死んで、館が浄化された後なら
 広報部を作って、館の存在を広くアピールできますー。
 それからが、儲けを考えて良い時期に入ると思いますー。
 まあ、私が死ぬか、作業が上手く回るようになるか
 どっちが先かまでは計算できませんでしたがねー。」
 
「きみの寿命次第かね、はっはっは」
間の悪いギャグを飛ばすおやじに、アッシュが眉ひとつ動かさずに言った。
「私の自然死を待てなければ、殺せば済む事ですがねー。」
 
 
「そんで、これが販売所と売買許可証の申請書ですー。
 私ら館にいる人って、公務員なんでしょー?
 税金で給料貰ってるんですもんねー。
 気付きませんでしたよー、もうドビックリですわー。
 公務員の副業って基本的には禁止ですよねー?
 だから館に商業部を作りたいんですが
 そのへんのお力添えもお願いしたいんですー。」
 
リリーが次々に出す書類に
「手回しが良いでーすねえ。 これを1ヶ月足らずで?」
と、若いメンバーが驚くと、アッシュが人指し指を上下に振って
「そう、それ!!!」
と、大声を上げた。
 
「改築費用の捻出法を考えていて、ふと館の図面を見たら
 そこに大きな可能性が広がってるじゃないですかー。
 もう、愕然としましたよー。
 今までは倫理だの道徳だのばかりに焦点を当てて改革してきたけど
 腹が減ったら正義どころじゃないですもんねー。
 今後はいかに他人を受け入れて、館を社会に帰属させるかですよー。
 それが出来て初めて、“改革” と言うんですよー。
 それに気付いてからはもう、ドタバタで走りたくりましたよー。
 まったく、ニートには盲点なジャンルでしたねー。」
 
若いメンバーは、ほうほう、と感心したようにうなずいた。
「それで、改築費用はどこから捻出するんでーすかあ?」
「はいー?」
アッシュはキョトンとした表情をした。
「いや、店は改築じゃなくて・・・・・ あっっっっっ!!!!!」

肝心の寝室の改築の事を忘れていて、頭を抱えるアッシュに
メンバーたちは、ついプッと吹き出した。
 
 
「よくわかりました。
 計画書も申請書も不備なく揃っているようなので
 今回の提案は、早い時期に良い返事を約束できると思いますよ。
 ご苦労様でした。
 実りのある会議だったとお礼を言いたい。」
ダンディーな紳士がアッシュに丁寧に告げた。
 
アッシュは、はあ・・・とだけつぶやき、ヨロけながら立ち上がる。
肝心の己の金策が一歩も進んでいなかった事に
相当なショックを受けている様子だった。
 
ジジイも、もちろんその会議に出席していたが
ニヤニヤするだけでひとことも喋らなかった。
 
 
アッシュとリリーが、会議室を出て行った後
アッシュの計画を、具体的にどこの機関に持っていくかが議題に上った。
 
この計画はダンディーの予言通り、サクサクと進んでいく。
 
 
館 “道の駅” 化大計画 byアッシュ が着々と進み
最近のアッシュの演説は、いかに労働が尊いか、という
ニートのおまえが言うな! な話題に終始していた。
 
アッシュは相変わらず、金策に悩んでいたが
支払いを長老会が立て替えてくれる事になった。
経済改革案のご褒美というわけだ。
 
もうほんと、捨てる神ありゃ拾う神ありだよな、ありがたやありがたや
アッシュは街の方に向かって拝んだが
街の方へ行く道は、グルリと大きくカーブしているので
街の方角だと思った方向じゃなく、拝むアッシュのケツの方が街なのだ。
まったく、とんだ無礼者である。
 
 
だけど・・・
痛い目に遭ってるんだから、こんぐらいやってもらって当然じゃね?
アッシュの表情が暗く歪む。
 
そもそも、やりたくてやってるわけじゃなし
よく考えてみたら、何でこんなところにいるのか
何でこんなに辛い事をやってるのか
一体、何なの? 元々兄の遺言でーーーーー・・・・・・・
 
ここまで思って、慌ててその考えを打ち消す。
そっちの方向に考えたら、もう生きていけない気がする
てか、もういつ死んでも良いんだけど
そんなん思いながら生きていたら、何かダメな気がする
とにかく、前だけを見て走らないと、私、ダメになっちゃう気がする!
 
 
とにかく、夢のヒッキールームをありがとうございます
アッシュは改めて拝んだ。
街方向にケツを向けて。
 
ついでに言えば、金も借りてるだけで、払わなくて良いわけじゃないんだが
アッシュの脳内では、そこはスッポリ抜けているのが不思議である。
 
 
続く。
 
 
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