ジャンル・やかた 71

皆の顔を見てオドオドするアッシュに、老紳士が声を掛けた。
「それで、もう大丈夫なのかね?」
「え? 何がですかー?」
 
アッシュの間抜けな聞き返しに苦笑する。
「きみの体調がだよ。」
「あっ、ああ、すいませんー。
 もう気持ち的には大丈夫ですー。」
「そうかね、それは良かった。」
 
老紳士はそう答えたが、アッシュの右目が見えなくなっている事と
それがローズの死の真相を知ったことへのショックなのは
メンバーの全員が知っていた。
情報源は、もちろんジジイである。
 
 
「えっとー、それでですねー、言いたい事があるんですが
 遠慮なく言って良いですかねー?」
 
ジジイが茶々を入れる。
「あんたが遠慮した事があるかいな?」
「うっせー、ジジイ、黙れー、死ねー!」
アッシュがジジイの耳元で、ドスの利いた小声で言う。
 
ジジイが指をくわえて気色悪くスネるのを無視して、アッシュが続けた。
「寝込んだのは申し訳なかったし、お見舞いも本当に嬉しかったのですが
 皆さんがやるべき事は、他にあったんじゃないか?
 と、言いたいのですー。」
 
「それはどういう意味だね?」
太っちょ紳士がいぶかしげに訊ねる。
「今回の事で皆わかったはずですー。 次の主を用意しとくべきだとー。
 皆さんは、その人物を捜すべきだったんですー。」
 
 
メンバー全員が考え込んだ。
「確かにそれは正論だが、きみは生きてるわけだし・・・。」
「そのお気持ちは本当に嬉しいんですが、死んでからじゃ遅いんですー。
 “次” を用意しとかないと、せっかくの改革が中断してしまいますー。」
 
「うーん、だが正直言って、きみに匹敵する人材がいないのだよ。」
太っちょ紳士の意見にリオンが賛同した。
「そうでーす、アッシュさん以外におられませーん。」
 
「おめえはだーっとれー!」
リオンに一喝して、アッシュは言い切った。
「いないなら作れば良いんですー。」
 
 
その言葉の意味がわからず、皆は はあ? という顔をした。
「相続戦はもうやらない事にしたでしょー?
 だから、子供を連れてきて育てれば良いんですー。」
 
「「「どっから?」」」
数人が揃って同時に叫んだ。
 
「某国か某々国あたりからですよー。
 そこならラクに子供をさらってこられるでしょー。」
「さらうって・・・。」
「ま、さらうってのは半分冗談ですけど
 そこらへんなら子供を買えますよねー。」
 
半分かい、冗談は! とジジイは突っ込みたかったが
連続の死ね攻撃は老体には堪えるので、大人しく黙っていた。
 
 
「しかしそういう子は、国籍とかの面倒があるし・・・。」
メンバーの渋りに、アッシュは自分を指差した。
 
「「「「「え・・・・・? あっっっ!!!!!!!」」」」」
「き、きみ、国籍はどうなっとるんだね?」
 
ふっ・・・、とほくそ笑んで、アッシュは平然と答えた。
「パスポートはとっくに失効してるはずですよー。
 私、多分、行方不明扱いですー。」
 
ああああああああああああああ と、全員が頭を抱えた。 リオンを除いて。
リオンは状況がわかっているのか、アッシュの妙な言動にも動じていない。
 
アッシュは皆 (マイナスひとり) の苦悩を、サラリと流した。
「何を悩む事があるんですー?
 不祥事があったら、余計に私のせいにしやすいじゃないですかー。」
 
また、無謀なプラス思考を・・・と、ジジイは突っ込みたかったが
連続の死ね攻 以下略。
 
 
「ふむ・・・、きみの国籍問題は改めて考えるとして
 その跡継ぎの子供というのを、どうやって選ぶんだね?」
 
「ダ○イラマの逆バージョンでいこうと思うんですー。
 つまり、私が “導かれて” いくんですー。
 今後の主交代はそれで行けば、余計な血も流れないし
 子供の内から側にいたら、ラクに主のやり方を学ばせられますよー。」
 
「なるほど! それは良い方法かも知れない!」
威圧的な紳士が、賛同した。
 
まったく突飛な事を考えるものだが
だからこそ、あそこまで館を生まれ変わらせられたのかも知れない
他のメンバーもそう思った。
 
しばしの議論の後、出た結論は賛同だった。
「わかった。 その方法で行こう。」
 
 
メンバーの承認を得たアッシュは、早速席を立った。
「では、探しに行きますので
 どこの国でも良いですから、その地元に詳しい
 知的イケメンガイドをお供にひとりお願いしますー。」
 
「ち・・・知的イケメンじゃないとダメなのかね?」
「はい。 私の右目も知的イケメンなら見えるかもー? ってね。 あはは」
それ以上にない気まずいギャグである。
アッシュは卑怯者であった。
 
「ど・・・どんなタイプかね?」
おそるおそる訊くメンバーに、難題をサラリと言い放つアッシュ。
「んー、欧米人だと、私の “知的” 定義からはちと外れるけど
 若い頃のジェームス・スペイダーか
 少年時のエドワード・ファーロング似で何とぞー。」
 
 
「誰ですって?」
「多分ハリウッドの俳優じゃないかね?」
 
メンバー全員が困り果てたところに、追い討ちを掛ける。
「あっ、そうそうー、私の偽造パスポート、よろしくー。」
 
「「「偽造かね!」」」
 
「だって私が今更、日本大使館に行ったらヤバい事になるかもですよー。
 それに善は急げと言うし、偽造が手っ取り早いでしょうー。」
“善” かのお、とジジイは突っ込 以下略。
 
「何もきみが行く必要もないんじゃないのかね?」
無個性紳士が反対した。
「この計画だと、私じゃないと真実味半減でしょーがー。
 何せ、逆ダ○イラマですよー?」
「ううむ・・・、しょうがない・・・かなあ?」
無個性紳士は、あっさりと言いくるめられた。
 
「皆さんの地位と権力なら、ラクショーでしょー?
 それに私もここのパスポートがあったら
 今後何かの時に助かるかも知れませんしねー。
 あっ、もちろん今回の旅の後には
 偽造パスポートは長老会に返しますから、悪用の心配はありませんよー。
 ガイドも、私の監視役の意味も兼ねて選んでくださいねー。
 知・的・イ・ケ・メ・ン をー。」
 
 
言いたい放題のあげく、ドアの手前で振り返ってまだ言う。
「それとですねー。」
まだ何かあるんか! と、全員が殺気立った。
 
「皆さんも跡継ぎはちゃんとしといてくださいねー。
 余計なお世話でしょうけど、館の存続に大きく関わってきますからー。」
 
その言葉にリオンが挙手して叫んだ。
「うちはだいじょぶでーす。
 跡を継ぐために、父の仕事には全部参加し始めたんでーす。」
 
リオンが示す人物を見て、アッシュは驚愕した。
「えっ? このダンディー紳士がおめえの父ちゃんーーー?」
 
そうでーす、と満面の笑みで答えるリオンの肉付きの良い肩を
ポフンポフンと叩きながら、アッシュが半笑いで言う。
 
「その気になりゃ、あなたの未来は明るいかも知れないんだよー?」
「はーい? 何でーすかあ???」
 
リオンは本当にわからないようだったが
その場の彼以外の全員が、アッシュの言葉の意味を理解していた。
 
 
続く。
 
 
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