グリスの寝室は、アッシュとは離された。
隣のローズの部屋は、封印されたままだった。
その理由をアッシュは、こう主張した。
「もし爆弾でも撃ち込まれたら、ふたりとも死ぬじゃないですかー。
そしたら私の代わりまでいなくなるんですよー。」
本当の理由はそうじゃない、と誰もが思ったが
アッシュの意見も、もっともだったので
グリスの寝室は中庭を挟んだ反対側になった。
アッシュはグリスに自ら関わろうとはしなかったが
彼が来てから、明らかに雰囲気が変わった。
大人は子供の手本であらねばならない、という
アッシュの信条の元に、一応の努力をしているからである。
アッシュは子供が大嫌いであったが、それは子供と同等に張り合うからで
まさに “大人気ない” の標本のようなヤツだが
それでもアッシュなりに、子供のために頑張ろうとはしていた。
だが如何せん大人気ないのを自覚しているので
うかつに子供の心に傷を付けまい、と
なるべく距離を置いていたのである。
アッシュは館の改革を熱心に続けた。
住人たちの心は、いまやすっかり落ち着き
新たに館にやってくる者の面倒も、ちゃんと見る。
やさぐれて来た者が、どんどん更生していくのも
住人たちの生き甲斐になっていた。
館はすっかり安定していた。
今後の改革はグリスに引き継がせれば良いけど
出来るだけ経済を潤わせとかないと。
先立つものがないとどうにも出来ないし、貧乏は心がすさむもんね。
そう思いつつも、アッシュの心はどこか上の空だった。
自分がどうなろうが館がどうなろうが、実はどうでも良い
そういう気持ちが心の隅に隠れていた。
これはアッシュ自身も気付いていない刹那だった。
そういう気持ちがあるせいか、ボーッと窓の外を見るアッシュの姿は
時折薄くぼやけて見える時があった。
“影が薄い” って、こういう事なのかしら?
リリーは、突然アッシュがいなくなりそうな不安に駆られるようになった。
アッシュのその状態を、歓迎していたのはデイジーだけだった。
ひとりを見つめるぐらいなら、誰も見ないでほしい
主様は頂点なのだから。
デイジーには、薄ぼんやりとしたアッシュが高潔に見えていた。
だけどそんな時のアッシュの視線の先には
花壇に植えられたバラの花があった。
ローズが死んだ時に、アッシュの命令で全部抜かれたバラだったが
最近になって庭師に頼んで、また植え直したものだった。
窓から見下ろすアッシュを気にしながら、グリスもその作業を手伝ったのだ。
アッシュは、屋上とローズの墓には決して行かなかった。
その事が、アッシュの心の傷を明確に表わしている。
住人たちの唯一の心配は、アッシュの安否だった。
住人たちは、ジジイにもっとひんぱんに館に来るように頼んでいた。
やれやれ、わしの方がお迎えが近い歳なのに、と思いつつも
ジジイはいそいそと館に足を運び
アッシュに、また来たんか、ジジイ、と怒鳴られるのであった。
同様にリオンも歓迎された。
アッシュの部屋に入り浸って、ゲームに熱中する。
いくら年齢差があるとは言え、男女が部屋に篭もってれば
浮いた噂のひとつやふたつは立つものなのに、それがないのは
リオンはRPG好きのくせにマップが読めず
アッシュにギャアギャア怒鳴られながら、ゲームを進めているからである。
その怒号は、窓の外にまで聴こえていた。
こんなふたりが愛だ恋だに発展するわけがない。
そういうロマンから、一番遠い人種である。
リオンはこれでも一応、長老会の次期主要メンバーなので
遠慮して、挨拶ぐらいしか出来ないのだが
住人たちは、いまや滅多に聞かれないアッシュの罵倒を
方向音痴のリオンに託していたのだ。
つまり館中が、アッシュが怒声がないと落ち着かない気分になっていたわけで
館全体、M属性に変貌していた。
その事を知ってか知らずか、アッシュは常にマイペースであった。
続く。
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