グリスは23歳になった。
アッシュが積極的に教育に関わらなかったせいか
心身ともに立派な青年になっていた。
アッシュは、もう長老会のメンバーになっていた。
主を15年以上務めたからである。
真のババアになったというのに
アッシュの顔にはシワもシミも目立たなかった。
「いつまでもお若いですね。 さすがニッポン人。」
そう褒められると
「ニッポン人でもお直しなしでこれは、そうはいないものですよー
わたくし、苦労が顔に出るような生き方はしておりませんのー
ほーっほっほっほーーー」
と、仁王立ちで高笑いをするアッシュに
誰もがその相変わらずさに、安心を感じるのであった。
まだ雪が残る寒い朝に、アッシュは眠ったまま二度と目覚める事はなかった。
結局、右目は見えないままだった。
誰もアッシュの最期の姿や言葉を覚えていなかった。
それぐらい日常に埋もれた、いつもの時間のいつもの光景の中だったのだ。
死因は “心不全” にしか、しようがなかった。
長老会の、村の、館の、アッシュを知る誰もが驚き、そして納得した。
何も知らずに来て、何も知らせずに逝ったのだ。
館中が深い悲しみに沈んだ。
何の示し合わせもないのに、皆が講堂に集まった。
ただそこに来ただけで、祈りもなく言葉もなく座るだけだった。
アッシュの命が停止したと同時に、館中の機能も停止した。
棺に眠るアッシュの見えない右目に、グリスがバラの花を1輪置いた。
館でのローズの存在は、アッシュにとってはまさに
このバラそのものだったように思えたからだ。
グリスに見習って、皆がバラを1輪ずつ入れた。
お陰で温室のバラは、ほとんどが切り取られてしまった。
アッシュはバラに包まれて、墓地を見下ろす小高い丘の頂上に埋められた。
兄グレイの墓の側でもローズの墓の側でもなく、ただひとり離れて。
アッシュの葬儀が終わった後に、デイジーが首を吊った。
デイジーにとって、アッシュそのものが館になっていたのだ。
まったく、バカな女!
リリーは、心底腹が立った。
ジジイは慌てて、“殉死” 禁止令を出した。
「そんな事をしても、主は喜ばないのはわかっとるじゃろう?
本当に主の事を想うなら、その意思を継ぐ次の主を支えるべきじゃ!」
そういうジジイも、自分よりも何十歳も若いアッシュの死に
立ち直れないほどの衝撃を受けていた。
アッシュは自然に逝ったんじゃ。
幸せな死に様じゃったと思うしかない。
じゃが、グリスがそう納得できるかわからん。
若者は死の身近さを知らないからのお。
グリスは再起不能に思えた。
だけど、さすがアッシュの跡継ぎ。
傷を抱えながらも、アッシュの跡を立派に継いだ。
続く。
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