「嫌なのかい?
街中の娘が憧れる王子との結婚だよ?」
「皇太子妃なんて、滅相もございませんわ。
わたくしは、平穏を望みますのよ。」
「今のその生活が平穏かねえ?」
「わたくしはこの家のただひとりの直系ですのよ。
姉ふたりは、いずれ嫁に出ます。
わたくしは婿を取って、この家を守る予定ですの。」
「それで、婿さんが放蕩者だった、というオチかい?」
意地悪く笑う魔女に、イキテレラは平然と答えた。
「貧乏貴族に婿に来る男性など、その程度のものですわ。」
「うーん、あんたの性格がイマイチよくわからないねえ。」
「多くは望まないだけですわ。
さ、もうお帰りになって。」
イキテレラに押し出されながら、魔女は言った。
「あの靴は、本当にあんたのものなんだよ。」
「もう関係ありませんわ。」
イキテレラは木戸を閉めた。
さあ、忘却して、通常の日々に戻ろう。
ところが、“通常の日々” は遠かった。
靴の試着に行った義姉ふたりが、大ケガをして帰ってきたのである。
靴はガラスで出来ていたので、割れたのを接着剤でくっつけてあった。
そこに何人もの女性が、無理矢理足を突っ込もうとしたので
ヒビがどんどん広がり、試した女性は皆、足を切ったのだ。
腱が切れて、歩けなくなった女性もいたらしい。
そしてとうとう、靴は砕け散ってしまった。
翌日、掲示板の紙が貼りかえられた。
『 この靴の持ち主を知っている人に
5000万ゴールドを褒美として取らせる 』
実物大の靴の絵と、説明が書いてあった。
「あんたに5000万の値が付いたねえ。」
キッチンの窓から覗き込む魔女を見もせずに
皿を洗うイキテレラが言い放つ。
「何の話かわかりませんわ。」
「ねえ、本音を教えておくれよ
気になってしょうがないんだよ。
教えてくれたら、もうここには来ないからさ。」
その言葉が信じられず、イキテレラは魔女を睨んだ。
魔女の目からは、いつもの薄ら笑いが消えていた。
イキテレラは、少し諦めた表情になり
洗濯物が積み上げられたカゴを持って、庭に出てきた。
シーツを洗いながら、イキテレラが話し始めた。
「わたくし、王子さまが嫌いですの。」
その目は、洗濯物だけを見ていた。
「正確に言いますと、わたくしはわたくしを好む男性が嫌いですの。」
「どういう事だい?」
「わたくし、生まれてすぐに母を亡くし
お父さまは、ああでしょう?
子供の頃から満足に食べさせてもらえずに
栄養失調できちんと体が発達できなかったんですの。」
魔女はイキテレラの体格をジロジロと見た。
確かに同年代の女性と比べると、一回り小さい。
「ところが世の中には、小さい女性を好む男性というのが結構いるらしく
わたくしも、そのような方々に随分つきまとわれましたわ。
そういう嗜好の方々って、何故か自分たちは逆に
人一倍、体が大きい場合が多いんですのよね。
おかげで恐ろしい思いも何度もいたしましたわ。」
イキテレラは、布に怒りをぶつけるかのように
ゴシゴシとこすり始めた。
「わたくしの不幸の証しであるこの体型を、“好み” だなど
何と、おぞましい!!!」
なるほどねえ、魔女は納得した。
「うん、よくわかったよ。
言いにくい事を言わせてすまなかった。
もう、あんたの邪魔はしないからね。
元気でおやり。」
魔女は立ち上がった。
イキテレラは、ようやく魔女の顔を見て少し笑った。
続く
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