周囲に誰が住んでいるのか、まったく知らない。
それは私が、人の名前と顔を覚えられないせいもあるけど
近所付き合いがない都会の集合住宅ならではである。
そんな中でも、敷地内で会った人には
必ず挨拶をするようにしている。
おはようございます こんにちは こんばんは
仏頂面の私には、微笑むのは中々難しいけど
相手に聞こえるように、大声で挨拶をする。
大抵の人は、ちょっと驚きつつも
挨拶を返してくれるのだけど、たまに無視をされる。
そんなヤツは、シャイな若者だけかと思いきや
イイ歳をしたサラリーマン風の人が
返事をしない事も多いので
おめえ、それで会社でやっていけとんのか
社会はどうなっとんのか、とちょっと恐ろしい。
多分、賃貸とか一生住むわけじゃないんで
近所など、どうでも良いんだろうけど
危険な場所が増えたら、それだけ住居地の選択肢も減るんだぞ。
賃貸集合住宅が建つのを、地元住民が反対する理由が
まさにそこだと、いくつになったらわかるんだ?
いっつも無視しやがるオヤジよお。
他のヤツと区別が付かんが、多分おめえ同一人物だろ?
昨日も無視をされて、ヘコんで帰ってきた。
まあ、相手は中高生男子だったので
挨拶なんて、というお年頃だとは思うんだけど
挨拶をしても無視をされると
自分が存在していないんじゃないか
という気分にさせられる。
孤独ババアには、たまらない仕打ちである。
特に私は精神的に弱いので
どんだけだよ? というぐらいにヘコむ。
だけど、挨拶は止めないぞ!
私が挨拶をするのには、訳がある。
ド田舎者の私から言わせれば、都会は人目がない!
はあ? こんだけ人がいて?
うん。
雑踏の中、おめえを見るヤツがいるか?
この人の群れの中、おめえの動向を気にするヤツがいるか?
たとえ今この交差点で、私が泣き叫んでも
誰も声を掛けてはくれないであろう。
それが都会の優しいベールなのだ。
だから私は都会が大好きなのだ。
だけど自分の住居内、となると話は違う。
他人お構いなし、の無法地帯になってほしくない。
良い意味でも悪い意味でも、近くに他人が存在してるんだよ
という事を忘れさせないために、私は挨拶をするのである。
私も “町内会” とか、うざい派だけど
すまん事を言うけど、関西に来て初めて
ご近所の目、ほんっと大事だな! とわかったよ。
かと言って、何事が起きてる時は注意もしにくい。
ドグラって逆切れするじゃん。
年寄りには、その一撃で寝たきり、とかあるんで
恐くて注意できんのだよ。
だから何事も、起きる前に牽制する。
起きにくいよう起きないように、もっていく。
今の時代は、これが大事だと思うんだ。
挨拶ババアなど、うざかろう。
だけど、それを 「うざい」 などと思うヤツは
犯罪者予備軍だと決め付けさせてもらうぜ。
“どうでもいい” って態度だろうけど
それが、逃げ隠れしたいように見える場合もあるんだ。
そんなヤツは、私の目の黒い内は好き勝手させない!
とか言いながら、次の瞬間には人の顔を忘れるんだが
私は私の住居の周囲を、なるべく安全に保ちたいんで
おはようおはよう叫んでいるわけだ。
挨拶、軽視してないか?
にっこり笑ってこんにちは、ってのは
付き合いではなく、監視のし合いだと思え。
歳を取ると、こういう事に聡くなるんだよな。
これも人生の経験値だと思う。
実録 年寄りは観察する!
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