狡猾な愛すべき犬というヤツら

近所の公園に時々、犬を訓練するジジイが出没するようになった。
犬種はあえて伏せよう。
こんな訓練をするジジイなど、関西でも6人ぐらいしかいないだろうから
「わしの事か?」 と気付かれたくない。
ついでにジジイじゃなくて、ババアかも知れんぞ
とか、ブラフをかけて目くらましもしとこう。
 
 
ジジイの訓練は、実にわかりにくい。
“お座り” をかけて、“待て” をかける。
そしてヨタヨタとある程度離れた位置まで、ジジイが移動するのを
犬も見ている私も、ジリジリしながら待つのも構わん。
 
だが、“よし、来い!” で、一気に駆け出す犬に
いきなり “お座り” をかけるのは、いかがなものか。
ジジイ・・・、そこは “止まれ” の後に “お座り” だろうー。
 
ジジイが 「お座り! お座り!」 と叫ぶのに
犬、むっちゃくちゃ、ひるみながらも
ノンストップでジジイの元に走り寄る。
 
そこでジジイ、何と 「よしよし」 と犬を褒めるんだよ。
こらっ! 言われた事をしてないのに褒めたらいかん!
 
しかも、犬をしきりに犬を撫で回した後に
ズボンのポケットから、ビーフジャーキーを出して与えている。
こら!!!!!!!!!!!
 
 
私は、犬の訓練に食い物のご褒美をやらない主義である。
何故ならば、カロリーの差し引きが難しくなる。
“訓練太り” など、シャレにならん。
 
そして、犬が私の命令を聞くのは
“ご褒美のためではなく、この人がご主人様だから”
という意識を持ってもらうためである。
 
ご主人様の言う事は、いついかなる時でも絶対。
納得しようがしまいが、命令が下ったら聞くのみ。
ご主人様は、何かあったら守ってくれるから。
 
という中世ヨーロッパの地主のような心構えで
私は犬に接さざるを得なかった。
あの、地獄の噛み犬、アフガンドハウンドに。
 
 
アフガンハウンドの支配者になってわかったのだが
バカだバカだと思っていた犬が、こんなに頭が良いとは!
 
私の “目を盗む” という事を、きっちりしやがる。
私がいない時に、陰でコソコソ悪さをする。
バレそうだと判断したら、気付かれる前に逃げる。
正直、高校時代の私レベルの知能があると思う。
 
 
・・・何か、えらい情けない事を言うとるが
私は天才だけど、苦手なジャンルもあってな
特に、心理戦とか戦略系は不得手とするところなんで
アフガンハウンドと将棋とかしたら、絶対に負けると思う。
 
それどころか、身体能力、知能、美貌、とあらゆる総合能力で
ものすごく差をつけられて負けてる気がする。
そんぐらい、あのプロブレム・ドッグ
アフガンハウンドですら、凄いんだよー。
 
 
そこで私は、私が無能である事をアフガンハウンドに悟られないように
暴君として君臨する事にした。
 
私は、これをするな、と言ってるよな?
したいなら、していいぞ
ただし私の見ていないところでな。
バレたら、えらいなヒドい目に遭わせるぞ。
 
何で、したらいけない かっちゅうと
何 か イ ヤ !  ただ、それだけだよ!
 
私が決める事を、徹底して守らせる事は不可能だと悟ったので
“これはご主人様が嫌がってるから
 表立って、してはいけない”
という雰囲気に持って行ったのである。
正義感とかルールとか、そういう真っ直ぐな心を排除して。
 
そしてこのやり方は、悪魔の犬アフガンハウンドには
理解しやすかったようで
私の目を盗んで、散々悪さをしていたけど
私の目の前では大人しくしていて
かろうじて私の威厳は保たれたのであった。
 
 
こんな、あなどれない犬という生き物を相手に
このジジイは大丈夫かいな
犬の訓練の前に、私がおめえを訓練しちゃりてえよ!
 
ジジイと犬の攻防を見かける度に
そうイライラしながらも、通り過ぎてたわけだが
昨日、久しぶりにジジイと犬に遭遇。
 
ジジイは犬を真横に付けて、歩き回る訓練に移っていた。
おお! えらい訓練も進んだな、とか思ったら
ジジイ、リードを放して歩いてるんだよ。
まだそこまで統制が取れてないのに。
 
案の定、犬、ジジイが歩いている後ろで
耳を掻いたりして、ジジイが振り向く寸前で
言う事を聞いているフリをするんだよ。
犬、ほんと頭が良い・・・。
 
 
て言うか、この犬はもう
ジジイのすべての行動パターンを見切っていて
ジジイが見ていないところでは、大あくびをしたり
思いっきり気を抜いているのだ。
 
「ジジイ、後ろ後ろーーー!」 と
思わず、その “コント” に参加したくなるぐらいな
鮮やかな、犬の豹変ぶり。
 
これは、ジジイが犬を訓練しているのではなく
犬がジジイの介護をしている、と言っても過言ではない。
 
犬、相変わらずさすがだな!
 
 
ヘルドッグ・アフガンハウンドとの暮らしは
まったく楽しくなく、ほぼ全面的に苦痛の日々だった。
 
ただ、チャランポランだと思っていた自分が
意外にも、ブレない信念を持っている事を知った。
意思の強さがある事にも気付いた。
あの大変な日々は、逆に有意義だったわけだ。
 
だから私は、ジジイを温かく見守る。
どんなに犬にナメられようが
ジジイは犬から得るものが、沢山あるだろう。
 
そして、あんな大笑いな劇を展開しとるジジイと犬との間には
確かな “愛” が見てとれるんだ。
 
 
私は今後もし犬を飼っても、もう “家族” にはなれない。
犬に対して、君臨するのみしか出来ない。
本当の “主人” が出来た時の
あの狂暴なアフガンハウンドの安定ぶりを見たから。
 
犬は犬として扱うのが、犬にとっては幸せな事で
そのためには人間は、犬のご主人様になる必要があるのである。
 
それを知ってしまった私には、あのジジイがかなり羨ましい。
 
 
「よお、犬、ジジイをしっかりお守りしとるかー?」
と目で話し掛けるも、犬の瞳にはジジイしか映っていない。
私はひとり、家に帰る。
 
 
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Comments

“狡猾な愛すべき犬というヤツら” への4件のフィードバック

  1. やすのアバター
    やす

    あ~笑った~(笑)。
    自分も犬飼い(中型雑種)なので、リアルに感じられて面白かったです。
    以前のアフガンちゃんネタも大すきでした。
    公園の、多分それ、コントの練習じゃないですかね。
    だとしたら両者とも天才ですよね。
    ここまで面白可笑しく来て、最後の「私はひとり、家に帰る。」。
    このね、一気に落ちるトーンも最高でした。

  2. dhafvのアバター
    dhafv

    初めまして。
    いつも拝見してます。
    面白いので何だかんだ一年くらい見続けてます(笑)

    今回の件、太宰治の「畜犬談」を思い出しました。
    まだお読みでないようでしたら、お手すきの時にでも是非読んでみてください◎

  3. 椿のアバター
    椿

    私にとってはヘルドッグといえば、ボルゾイです。
    一年半程飼ったのですが奴には全く主人としては認められず命令は当然無視、散歩で私を引っ張り、後ろ足で立ち上がり押し倒す、噛みつく、噛みつく噛みつく…

    Wikiで調べたら「人間には従順」なんて書いてありましたけど嘘っぱちや!と思いました。

    試されているような感覚になる時すらありましたよ。
    悔しいですけど犬ってすごいですね、本当に!
    犬それぞれ、上下関係の物差しがあるんですからね…
    私も公園のジジと犬のような間柄の上下関係が良かったなぁ
    私にボルゾイはハード過ぎました。

    仕事の都合で人に譲りましたがお別れの時まで噛まれてましたよ。笑

    あしゅさんがおすすめしてくれた三人のエンジェル、東京に帰ったら観たいと思います!

  4. あしゅのアバター
    あしゅ

    やす!!! そうか!
    コントの練習だったのか!!!!!
    どうしよう、うちの近所に神たちが住んでるかもー!

    私さ、ほんとジジイが羨ましいんだよ。
    犬、結局ジジイが大好きみたいなんだ。

    私は飼い犬に敬意を払われても
    好かれはしなかったんで
    ああいう犬との関係が、ものすごく羨ましいんだ。

    やすんちの犬も、結構な性格みたいだな。
    犬、ほんとバカじゃねえよな。

    dhafv、ようこそーーー!

    おお! 太宰も犬に苦労しとったんか?
    でも、真の文豪の本など読んだら
    恥ずかしくて、妙なブログなどやっとられんからイヤ!

    “蓄犬” が良いなら
    “犬畜生” も良いんかな。
    放送禁止用語かと思って、使わなかったけど
    太宰が言ってるなら良いよな。

    え? 太宰と同列に立つなって?
    そもそも “蓄犬” と “犬畜生”
    意味が違うって?
    それはどうもすいません・・・。

    今、両者の意味を調べてみたけど
    “蓄犬” はネット辞書になかったよー。
    “犬畜生” は、やっぱり難しいとこだな。

    椿、同志よ!!!!!
    ボルゾイもヘル・ハウンドだったか・・・。
    気位が高い犬って、手に負えん噛み犬になるんかも?

    ここでは笑い話で書いてるけど
    噛み犬を飼ったヤツの苦労って
    マジでシャレにならんよな。

    ヘタすると、大ケガだもんな
    特に大型の犬種だとさ。

    ・・・ジジイが羨ましいよな・・・。

    まだ茨城に逗留中か!
    物資はまだ行き届いていないんか?
    何をやっとんのかな、政府。

    関西のおばちゃん風に言うと
    「うちのを持っていき!」 だよ。
    早く東京に戻れると良いな。

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