ジャンル・やかた 71 10.4.14 から始まる迷惑のひとつ。
「きみは “館” を知っておるかね?」
高級そうなデスクに両肘を付き、偉そうに質問をするこの中年男性は
長老会のメンバーで、主言うところの “威圧感のある紳士” だ。
彼は国防軍の将官である。
クリスタル州の軍は、下士官にいたるまで全員
クリスタル州出身者のみが配属されるという、異例の地なのだ。
彼の家は代々軍人の家系で、彼の息子たちもまた軍人を目指している。
「存在は知っております! サー!」
直立不動で答えたタリスもまた、クリスタル地方の出身だが
この地方の者なら誰もが、館の事を知っているわけではない。
多くの者たちは、そういう館がある事すら知らないのである。
知ってはいても、孤児施設程度にしか思わず
詳しい内情を知る者は、ほんの一握りであった。
タリスが “館” という単語を知っていたのは
彼の祖父祖母が館出身者であったためである。
祖父祖母は館で知り合い、結婚をするために館を出た。
館出身者には黙秘の掟があり、それを破る事は
今後、他の者が館を出られなくなるだけでなく
喋った自分の命までも危ないわけで
その義務を背負い、ふたりは館の事は一切語らなかった。
だが孫と釣りに行った時に、山の向こうを見つめながら
「あそこで、ばあさんと出会ったんだ・・・。」
と、ポツリとひとことつぶやいてしまう。
その時の祖父の目の寂しげな光が、タリスにとっては
妻との出会い、というロマンチックな思い出とどうしても結びつかず
まだ幼かったタリスは、その “山の向こう” が脳裏に焼き付き
成長を続けても、事あるごとにその地域を気にしていた。
祖父の様子と、何を訊いても答えてくれない頑固さに
聡明な子供だったタリスは、質問を一切止め
地図を見たり、近くに “釣り” に行ったりと、控えめに調べていった。
お陰で、“館” の存在だけは知る事が出来たのである。
ふむ、彼の祖父たちは館の秘密を守っていたようだな
タリスの様子を見て、威圧紳士は悟った。
“行く先の土地に詳しく、監視 兼 護衛になる知的イケメン”
この、主の要望について話し合っていた時に
長老会メンバーの全員が、こちらをチラチラ見る。
彼らの言いたい事はわかる。
他国に詳しくて護衛になれるなど、軍関係者が最適である。
『それは良い方法かも知れない』 などと
賛同してしまった己の言葉にも、責任を取らなければならない。
この数日間、威圧紳士は士官リストを睨み続けてきた。
コトはそう単純ではないのである。
ある程度の館の事情も知らせなければならないので
上官の意思に逆らわない忠誠心と、秘密を洩らさない口の堅さも必要である。
ここで浮かび上がってきたのが、タリスであった。
評価は生真面目で几帳面という、正に軍人の鑑のような性格である。
しかも祖父祖母が館出身なら、家族の名誉のためにも口を閉ざすであろうし
軍人にしては、知的でハンサムな方だと思・・・う・・・?
威圧紳士はパソコンで検索したジェームス・スペイダーの画像と
タリスの写真を交互に見比べつつ、迷いながらも決定したのであった。
そのジェームス・スペイダーの画像は
主の望む “昔” のではなく、現在の姿であった。
「きみに特殊任務を与える。」
「はっ!」
真っ直ぐ前を向きつつ、声を張り上げるタリスは緊張した。
この基地での最高位の将官の部屋に入った事など初めてだし
直々のお達しなど、まずありえない事なので
余程の重要な極秘任務なのだと感じていた。
「館には、“主” と呼ばれる管理者がいる。
その主が次の管理者を選ぶために、某国に旅立つ。
きみには主に付き添って、監視と護衛、世話をしてもらいたい。
主の事は、私と同等に扱うように。
この任務とこの任務で見聞きした事は、すべて他言を禁ずる。」
タリスは生粋の軍人なので、質問はしない。
言われた事を淡々と、だが確実にこなすだけである。
しかしこの任務には、内心疑問だらけであった。
多分、この某国の言語を大学時代に少し勉強していたので
今回の旅の護衛には、自分が選ばれたのだろうが
それにしても、次の管理者選びの旅?
一介の施設の管理者を将軍と同等に扱え?
子供の頃に抱いた、祖父の表情への疑問と同じ感覚が
タリスの脳裏によみがえった。
“館” には、とてつもない秘密があるようで
それがタリスを惹きつけている事は間違いない。
正直、旅が待ち遠しくてたまらない。
“館” の一部に直に接する事が出来るのだ。
タリスは、はっ、と敬礼をして部屋を出た。
廊下を一直線にズンズンと進む。
感情を律する事を美徳とする、四角四面なその男の心には
子供の頃に感じたっきり、すっかり忘れていた
走り出したくなるような、あのワクワク感が蘇っていた。
続く。
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