そしてみんなの苦難 2

主は時間に厳しいお方だ
 
そう忠告されなくとも
タリスは約束の30分前には、スタンバイする男である。
 
しかしその日は、見た目にはわからなくとも
期待と緊張が心の中で交錯していた。
まるで心霊スポットに探検に行く時の気分である。
 
そしてその “心霊スポット” の部分だけは、当たっていた。
 
 
黒塗りのリムジンが到着した。
タリスはいつもの直立不動ポーズをとったが
心なしか、かなり体が硬直している。
 
後部座席のドアが、助手席に乗っていたボディガードによって開けられ
ピンヒールのパンプスを履いた美しい形の脚が、揃えられて出てくる。
現れたのは、濃い紫のスーツを着た派手な女性。
降りたかと思えば背を向けて、車の中に手を差し伸べる。
 
その手を取って出てきたのは
ニットにジーンズとスニーカーの痩せ細った女性だった。
 
タリスには、どっちの女性が主かすぐわかった。
東洋人はこの国にも多いけど、どう表現すればいいのか
あえて言うと、“異質感” みたいなものが漂っていたからである。
 
 
「いいですかあたくしが説明した事を守ってくださいねガイドや護衛を困らせるような事をしないように勝手な行動をしないようにひとりで出歩こうなどもってのほかですからねニッポンやここと違って治安が良くない場所ですからくれぐれも気をつけるんですよそのためにもガイドや護衛の言う事をちゃんと聞くんですよそしてあまり表沙汰になるような事はしないようにうんぬんかんぬん」
 
その後から降りて来た女性が、ジーンズ女性に延々とまくしたて
その様子を見て、タリスは不安になった。
どうやら主様はかなりの破天荒ぶりらしい。
 
 
「主、ご機嫌は如何ですかな?」
将軍までやってきた。
「はあ、いたってフツー? ってとこですー。」
 
その間延びした喋り方と言葉遣いを聞いて、タリスは失望を感じた。
館の主とは、こんな奇妙な女性なのか・・・。
祖父たちがいた、その秘密めいた館に対する憧れが
粉々に打ち砕かれた気分になった。
 
振り返った主は、将軍の格好を見て何故か喜んでいるようだ。
「って、あなた軍人さんでしたかーーー!
 早くおっしゃってくださったら、兵器視察とか行きますのにー。」
「いえ、来なくて良いですから・・・。」
 
 
このやり取りに少し、ちゅうちょしたものの
タリスは将軍に近付いて行って敬礼をした。
 
「今回の旅の供をするのは、彼です。」
色んな動揺をしているところに、急に将軍にふられたので
慌てて再度、主に敬礼をして名乗る。
「タリスと申します! サー!」
 
主は将軍の顔を無表情で見つめ、将軍は目を泳がせる。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・
 
真正面を見ているタリスが、その空気を敏感に感じ取り
疑問に思い始めたところで、主がやっと応えた。
 
「はいー、この度は面倒な事をお願いして申し訳ございませんー。
 どうぞよろしくお願いいたしますー。」
 
 
主が深々とお辞儀をし、その丁重さにタリスは一瞬驚いた。
将軍に無礼な口を利いて許される身分の人物が
一介の士官である自分に、丁寧に挨拶をしてくれたのだ。
 
しかし頭を上げた後に、主は再び将軍を無表情で見つめる。
東洋人の表情は、ただでさえ読み取りづらいのに
主の意図が何なのか、タリスにはさっぱりわからなかったが
決して目を合わせようとせずに、汗を拭き始める将軍は
どうやら主に対して、何かヘマをやらかしたらしい。
 
 
「さ、飛行機の時間が迫っていますので、急がないと。」
派手な女性が、後ろからせかす。
 
「では、私はここで失礼しますよ。
 良い便りを待っています。 お気をつけて。」
将軍はそそくさと退場して行った。
主に睨まれにやってきたようなものである。
 
 
旅のメンバーは、主と主の世話係の女性とタリスの3人である。
先ほどの口うるさい女性が、旅行中の世話係のレニアである。
お供にはデイジーが付いて来たがったが
館の雑用を仕切らなければならないので、レニアが任命されたのであった。
 
レニアは50代の堅苦しい女性で、主様信奉の強い女性である。
今回の旅の真の目的と手段は聞かされてはいないが
その忠誠心と口が堅いところ、詮索をしないところ
そしてきちんと、主の “しつけ” もしてくれるので
旅のお目付け役として、リリーに見込まれたのであった。
 
 
3人を乗せて、飛行機は離陸した。
 
空を飛ぶ機体を、高速道路を走る車の中から見上げながら
将軍の胃は、キリキリと痛んでいた。
 
 
 続く。
 
 
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