「おっ、ホテルは普通っぽいじゃんー。」
主が建物を見上げて喜んだ。
「もちのろんだがやです。
何せビップをお迎えするだから
この国でNo.1の超・高級ホテルを用意させたですさー。」
「(何かよくわからんけど) どうもありがとうございますー。」
タリスには、主の ( ) 内の言葉まで聴こえた気がした。
「当然、主様は最上階のスーパーデラックスルーム。
ここが大部屋のリビングで、主様の寝室はあっち
ミス・レニアの寝室は、続き部屋のそっち
ミスター・タリスは、わすと一緒にこっちの続き部屋が寝室でごわす。」
「へえー、(古いけど) 広い部屋ー。 眺め良いーーー。」
主が喜んで、窓にへばりつく。
その途端
「危ないだべす!!!!!!」
「うぎゃっっっ!!!」
叫びながら、マナタが主をタックルした。
主は顔面からビッターンと床に倒れた。
あまりの意外な行動に、さすがのタリスも反応できなかった。
それを見て、レニアが激怒した。
「何をなさるんですか!
主様はこう見えても、お歳を召されているんですよ!
それをなぎ倒すなど、骨折したらどうするんですかっ!!!」
レニアの剣幕に、マナタが申し訳なさそうに弁解する。
「窓の側は狙撃される恐れっつーもんがあるじゃき・・・。」
四つんばいになって、首をさすりながら主が言った。
「タ・・・タロスさん、彼に護衛の仕方を教えておいてください。
私たちが、公的に来てるわけじゃない事も・・・。」
タリスは、はっ、と返事はしたものの
この遥か斜め下の言動をする男を
しかもなまじ知識があって腕が立ちそうな、“プロヘッショナル” を
どう指導をしたら良いのか、途方に暮れた。
とりあえず冷静に無難に、今回の旅の主旨と
護衛法について一通り説明したタリスに
マナタがうんうんと、腕を組んでうなずきながら言った。
「タリスと呼び捨てで良いだかね?
おいどんの事はマナタと呼んでけれ。」
人の話にロクに返事せずに、話題を変える
これが部下なら鉄拳制裁だ・・・
冷静な表情とは裏腹に、心の中に熱い炎が燃えたぎるタリス。
「いやあ、さっきの事は、まことにごめんだった。
今回の目的も主様の事も、全部伝達済みだーでわかっとるきに。
ただ、いつも政治ビッパーのSPをやっとるもんで、つい癖が出てなもし。
んだでも、あの主様はただ者じゃないと思わんだぎゃね?」
「どういう事だ?」
いぶかしげに訊ねるタリスに、マナタが解説する。
「わしゃ、仕事柄、多くのビップと間近に接しておられるがな
ありゃあ、クセ者だべよー。」
「だから、どういうところがだ?」
タリスはついイライラを口調に出してしまった。
「わからんのかね?
おまん、護衛はそんだばにゃあ経験ないだな?」
マナタはやれやれ、と両手の平を挙げて首を振り
その仕草が、タリスの逆鱗に触れた。
しかもタリスは確かに護衛の経験がなく、その図星が余計に腹が立つ。
「おまえとは気が合わなさそうだな!」
いつものタリスなら、そんな任務に支障の出そうな事は言わないのだが
あまりの立腹に、うっかり口に出してしまったのである。
「なあに、そういうカップルほどアッチッチーってもんじゃが。
映画でもそうだべさー。」
マンタは、カンラカラと豪快に笑い
その態度が、タリスの心の炎にガソリンを掛けた。
タリスが殺気を放った瞬間、悲鳴が響いた。
何事かと、主の部屋のドアを開けると同時に
バスタオルを巻いた主もまた、部屋に飛び込んできた。
「シャワーが急に水になったーーー!!!!!」
主の訴えに、タリスは肩を落とした。
「ちょっと! 何をガックリきてるんですか!
主様はこれでもお歳なんですよ!
心臓マヒを起こしたら、どうするおつもりですか!」
レニアがヒステリックにわめく。
「・・・歳、歳、うるせー・・・。
マ○コさん、これはこの国ではデフォですかー?」
「わしの名はマナタだよ、放送禁止用語のような呼び方はやめてけれ。
デホ? えーと、よくわからんが、湯ー出るが奇跡ですがな。」
「・・・・・・そうですかー・・・・・・
じゃ、気をつけますー・・・。」
主は落胆しつつも、あっさりとバスルームに戻って行った。
普通なら、ここはサービスシーンなのだが
それを微塵も感じさせない主は、確かにある意味大物である。
「主様の半裸姿を見るなど、とんでもない事ですわ!」
タリスとマナタが、とんだとばっちりをくらった。
「主様も自重なさってください!」
バスルームに向かっても叫ぶレニアは、怒鳴る事が好きな女性のようだ。
「あがいな痩せっぽち見ても嬉しゅうないぎゃあな。」
護衛相手の悪口を言うマナタの無神経さに
タリスはまた腹が立ってきたが
優れた自制心をフルに活用して、抑えに抑えた。
主が寝たというのに、ベッドでグーグーと寝ているマナタを見て
果てしない絶望感に襲われるタリス。
・・・もう、こいつをアテにするのはやめよう
自分ひとりで護衛しているのだと思うのだ。
タリスはホテルの廊下の主の部屋の入り口の前に立った。
続く。
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