「主様、あたくし、これから厨房に行ってきますわ。」
帰って早々、携帯ゲーム機に向かっている主に、レニアが言った。
「あたくし、今日の朝食で、もうすっかり
ここの料理人たちを信用できなくなりましたの。
食事は全部あたくしが作りますわ。」
主はゲーム画面から目を離さずに返事をした。
「んー、あー、じゃあ必ずマナタさんを同行させてくださいねー。」
食事がダメでも警備は良いなんて、ありえない。
レニアがマナタを引き連れて出て行ったのを確かめると
タリスが主に声を掛けた。
「お忙しそうなところを申し訳ないのですが・・・。」
「んー、良いですよー、単調なレベル上げ作業ですからー。」
真面目な話なのに顔を上げない主に、タリスはムッとしたが
思い切って言ってみた。
「マナタじゃ不安です。
他の者に変えた方が良いと思います。」
「んー、ダメですー。」
「・・・・・・・」
タリスはちゅうちょしたけど、とうとう禁を破った。
「・・・り・・・
理由をお伺いしてもよろしいでしょうか・・・?」
主がLV上げをしながら答える。
タリスが掟破りをしている事など、気にもしていないようだ。
「理由は色々とありますー。
まず、私たちは隠密行動だから、目立つチェンジなど出来ませんー。
あちら側が用意してくれたガイドだから、そこまで我がまま言えませんー。
うちの国がブラックリストに載っちゃったら、どうすんですかー。
次にマナタさんはあれで確かに、ここでは一流だと思いますー。」
「どこが!」
つい声を荒げてしまい、ハッとして顔を赤らめるタリスを
主は見ようともせず、無表情で説明する。
「今日この街を観たでしょうー?
ここ、ひっどいですよねー。
貧富の差が激しいだけなら、まだリセット可能ですけど
ここって復活の呪文がない国っぽいですよねー。」
「・・・はあ・・・。 ?」
主の言葉の意味がよくわからず、眉間にかすかにシワを寄せるタリス。
「この国の人生って、縄のれんみたいなもんですよー。
縄が全部真下に垂れているだけで、分岐がないー。
最初に産まれた場所から下りるだけで、横には行けないんですよー。
金持ちの家に生まれたら、きちんとした教育が受けられ
コネで良い職に就けて、そのまま金持ちー
貧困家庭に生まれたら、初等の教育すら受けられずに
自分の周囲の世界の中で、日々の生活に追われて貧困のままー。
救済システムがないんですよねー。
システムを作れる人間はヌクヌクと育ってるんで、変える必要がなく
恵まれない人々は、いつまで経っても知恵をつける事が出来ないー。
何せ教育されないんですから、良くする方法も学べず
自分の不遇も “運命” だと呪うだけで、それで終わってしまうー。
そんな無知っぷりが、富裕層にはまた都合が良いわけでー。」
主は初めてゲーム画面から目を上げて、タリスを見た。
「幸福は、不幸を知らないと生まれないんですよー。
この国が成り立っていっているのは、その逆もまたしかり
不幸は、幸福を知らないと生まれないから、ってわけなんですよー。」
ニッと笑った主の目を見て、タリスはゾッとした。
その黒い瞳には、あの貧しい人々への同情の欠けらもない。
ふと、将軍の言葉を思い出す。
『主の事は、私と同等に扱うように』
このお方は奪う側なのだ
タリスは、ようやく納得がいった。
続く。
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