そしてみんなの苦難 10

主が子供の前で仁王立ちのまま、その子を睨みつける。
子供はオドオドしながらも、逃げる事もせず主を見上げている。
 
だから子供には、子供の目線まで体を低くして優しい眼差しでっ!
タリスは、思いっきり上から見下ろす主に心の中で突っ込んだ。
 
 
「あなた、お名前はー?」
その上、ドスの利いた低音で主が訊ねる。
 
もう、何もかも違ーーーーーーう!!!
タリスは見ていてやきもきした。
 
子供は何も喋らず、困ったようにソワソワしている。
主はそんなか弱い子羊の鼻先に、ズイッと顔を寄せて
執拗に、その目を覗き込んだ。
 
 
もう、見るからに怪しい大人たちじゃないか、我々は。
タリスも主の後ろで、ソワソワし始めた。
 
「タリス?さんー、この子を連れて来てくださいー。」
そうひとこと言うと、主はさっさと車のところへ戻って行った。
 
初めて正しく名を読んでもらった事が、ちょっと嬉しいが
え? どうしろと? と、ピンと来ずに焦っていると
タリスが動くまでもなく、子供は主の後を追いかけて行った。
 
 
「あれ、携帯、旗0本だー。 すっげー!」
何の感動なのか、主がひとり言を言いながら電話を掛け始めた。
後部座席の主の隣には、さっきの子供がちょこんと座っている。
 
「あー、私ですー。
 見つけましたので、手続きよろー。」
それだけ言うと、携帯を切った。
 
 
「しっかし、無防備なガキですねー。
 あんなところにいて、こんな危機感なくてよく生き延びましたよねー。」
子供をジロジロとぶしつけに見る主。
 
「て言うか、くっさいですねー。
 ホテルに帰ったら、即シャワー2時間延長コースですねー、こいつはー。
 あー、下ネタじゃないですからねー。」
主の言葉にマナタは爆笑したが、タリスはニコリともしない。
 
 
「マナタさん、この子に名前と歳を訊いてくれますかー?
 どうも英語、話せないらしいんですよー。」
「そりゃ貧乏人は読み書きもできねずら。」
マナタは母国語で子供に話しかけた。
運転しつつ、真後ろに振り向いて。
 
「ちょっ・・・!」
タリスが慌ててハンドルを支える。
 
 
「歳はよくわからないだと。
 こりゃ生粋の貧民街生まれの貧民街育ちだのお。
 にしては、こんな肌色と髪の色はないじゃが、混血と思うぜよ?」
子供は、真っ黒の肌と髪に濃いブラウンの瞳をしている。
 
「名はグリスだそんだま。
 これもこの国風の名じゃねえじゃが。
 親が何人かもわからんがや、おおかた売春婦と観光客のタネじゃねか?」
 
「グリス? タリスと似てますねー。 すごい偶然ですよねー。」
はしゃぐ主に、似たくもない、と憮然としているタリス。
 
 
「うーん、見た目4~5歳かのお?」
運転中だと言うのに、更に身を乗り出して子供を確認するマナタに
さすがにタリスの心臓が止まりかけた。
 
「前! 前!」
叫ぶタリスに、マナタが笑った。
「大丈夫どっしゃ。
 このへんのヤツらの命は安いもんだすから。」
 
その言葉にタリスの頭に血が上りかけたが
「私ら、この車の修理代までは出しませんからねー。
 て言うか、私らの治療費はあなた持ちですよー?」
の、主の冷徹な言葉に、マナタがググッと前を真剣に見たので
何とか冷静さを保つ事ができた。
 
 
まったく、何てヤツだ! 何て国だ!
タリスの心の中は、ずっとこの叫びで埋め尽くされていた。
 
 
続く。
 
 
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