そしてみんなの苦難 11

「えええええええええーーーーーー
 そういう面倒がないようにお願いします、って
 あんだけ念押ししたのにーーーーーっ!」
携帯に向かって叫びながら、部屋をウロつく主。
 
「もう、ほんと頼みますよー。
 私が出たら余計に国交に差し支える、とか思わないんですかー?
 ・・・・・・・・・・・・・・・
 あーもう、わかりましたよー、行くしかないんですねー?
 どうなっても知りませんよー、とは言わないけど、連帯責任ねー。
 はいー、はいー、わかってますからー、努力しますからー。
 はいー、じゃー、無事故無違反を祈っててくださいよー。」
 
 
電話を切った主が、タリスに言った。
「何か、この国のお偉いさんと茶ぁする事になっちゃいましたー。
 付いてきてくださいねー。」
「誰とかあね?」
マナタが横から口を挟んだ。
 
「えーと、名前は忘れたけど、内務大臣みたいな人ー?」
その言葉に、マナタは意味ありげな薄ら笑いを浮かべた。
 
「ああー、あの人だべかー。
 酔狂なくせに気難しくて、すぐ首をはねちまうごわす。
 厄介なお方と会うんじゃなあ。」
 
「あーあーあー、そーゆー逸話は聞きたくなーいーーー。」
主は、両手で両耳をパフパフしてあーあー言いながら
寝室の方へと去って行った。
 
こいつ、本当に上流なんだな、と思ったが
マナタは、柿の種をボロボロとこぼしながらむさぼり食う
・・・だけならまだしも、床に落ちたのまで拾って食うので
尊敬も感心も出来ない、複雑な心中のタリスであった。
 
 
「・・・えーと、生きて帰れなかったらごめんねー。」
「・・・いえ、それも任務ですから・・・。」
冗談のような口調の主と、それをとがめないタリス。
ふたりの余裕のなさは、マナタから聞いた情報ゆえだった。
 
この国の独裁政権は、国王一族によってかためられているが
今から会う大臣も、国王の数多い親族のひとりで
その中でも特に残忍な人物らしい。
拷問部屋や人間狩りの噂など、ふたりを青ざめさせるには充分であった。
 
「・・・マナタさんの事も、ムゲにしてたら
 彼の一族にどういう罰をくらったかわかりませんねー・・・。」
主がつぶやいた言葉に、タリスも同意せざるを得なかった。
 
この国での “権力” というものは
他人の命を、空き缶でも蹴るように簡単に左右できるようだ。
お通夜のような神妙な面持ちで、ふたりは迎えのリムジンに乗り込んだ。
 
 
着いたのは、宮殿のような建物であった。
「うわ、万が一のため、ドレスを持ってきといて心底良かったーーー!」
主が目まいを起こしながら、リムジンから降りる。
 
紺色の露出の少ないストレートラインのミニドレスは
主の象牙色の肌に映えていた。
確かに痩せすぎではあるが、きちんとすると品がないでもない。
タリスの衣装は無難な黒スーツである。
 
ボディーガードの役目だったはずなのに、まさかこんな目に遭うとは
思ってもしょうがない後悔で、タリスの心は一杯であった。
 
 
主の後ろを歩いていると、主が少し顔を傾けてうつむいて右後ろを見る。
このお方が、自分が付いてきているか気になさるとは
このような状況では、さすがに不安なんだろうけど・・・
 
タリスは、そのひんぱんな主の “確認” が
自分が信用されていないような気がして、少し不愉快であった。
 
 
赤じゅうたんが敷かれた中央ホールを通り、通された部屋は
“サロン” とでも呼ぶべき、ヨーロッパ調の装飾だった。
勧められた長椅子には主が座り、タリスはその後ろに立つ。
 
程なくして、ひとりの小太りの男性が目の前に現れた。
胸には爬虫類のウロコのように勲章がぶら下がり
男性の自己顕示欲を象徴している。
いかにも、ロコツに美化された肖像画を残したがるタイプである。
 
 
「よくぞ、いらっしゃった。
 さあ、おくつろぎください。」
立ち上がった主に、微笑みながら手を差し伸べる。
流暢な英語であった。
 
「わたくし、クリスタルシティの保護施設の管理人ですー。
 今日はお招きいただきまして、光栄に存じますー。」
主が微かに笑みの混じった硬い表情で、お辞儀をした。
 
 
おいおい、そこは握手をするとこだろーーー!
タリスは後ろでハラハラしたが、大臣ははっはと笑った。
 
「そう言えば、ニッポンのご出身だったですな。」
「はいー。 西洋式文化が中々身に付かず困っておりますー。」
「まあ、何でもかんでも西洋式を真似るのも感心しませんな。」
 
西洋風インテリアにしておきながら何をぬかす!
タリスは、無表情で脳内突っ込みをした。
 
そんなお遊びをしている場合じゃないのは、百も承知なのだが
この初めて味わう重圧に、タリスの心が耐えかねて
いつもよりも脳みそが饒舌になっているようである。
 
 
「さて、早速本題に入りますが、今日おいでいただいたのは
 あなたが我が国の子供を連れ出したい、と耳にしたからです。」
いきなりの核心を突いた言葉に、タリスの心臓が大きく上下に動く。
 
「理由をお聞かせ願えますかな?」
大臣は、にこやかだが冷酷な眼差しで主を見据えた。
 
 
続く。
 
 
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