「はいー。
わたくしの跡継ぎが欲しいからですー。」
主がサラッと答える。
「わたくし、欧米人はあまり好まないのですー。
かと言って、日本に行くには遠すぎますしー
何より日本は手続きが多すぎるので、面倒なんですー。」
主は自分の言っている事の意味がわからないのか?
身じろぎも出来ずに、タリスが心の中で叫ぶ叫ぶ。
「ほお? それで我が国の子供を連れ去ろうと?」
厳しい表情で、ズイッと大臣が身を乗り出すのを見て
タリスは凍りつきそうになったが
事もあろうにそれを受けるように、主もズイッと身を乗り出した。
「貴国の流儀に則って手続きをしているものだと思っておりましたが
何か手違いでも発生したのでしょうかー?
でしたら即刻、善処させていただきたいと存じますがー。」
ニコリともせずにヌケヌケと言う主に、大臣は呆気に取られている。
タリスは後ろで、泡を吹いて倒れそうな心境だった。
しばらく無言で見詰め合っていた大臣と主だったが
やっと大臣が話を再開した。
「いやいや、話に聞いていた通り、変わったお方だ。」
「恐れ入りますー。」
そこ、“恐れ入ります” 違ーーーーーう!
タリスは心の小部屋でジタバタと、のたうち回る。
「クリスタルシティの商工会会長の息子は、私の留学先の同級生でね。
マナタは私の従兄弟の娘の婿なのですよ。」
じゃあ、最初から目を付けられていたのか!
その時ふたりは、それに初めて気が付いた。
「特殊な館の主に、どうしてもひと目会いたくてね。」
「その “特殊” とは、どこに掛かるんですかー?」
「色んな部分にですよ。」
大臣はふふっと笑った。
「では、話は早いと思いますー。
どうか貴国の子供をひとり、わたくしに譲ってくださいー。」
主は頭を下げた。
「その “日本式” も聞いておりますよ。 独特ですな。」
大臣は椅子の背もたれにもたれた。
「ある人間がいる。
私に何でも許される事を知っている人間だ。
ある日、そやつが私の宝石を借りようとした。
私に黙ってだ。」
大臣は、葉巻に火を点けた。
一瞬で部屋中に甘い煙たい香りが漂う。
「私に言えば、すぐに許可が出る事はわかりきっておったので
そやつは私には、後で報告するつもりだったらしい。
しかし私は、宝石を持ったそやつの従者の両手を切り落とした。
私は間違っておるかな?」
こ・・・これは・・・試されてる!
タリスは青ざめた。
大臣の気に食わない答をすれば、我々は手首どころか首が危ない。
タリスの動揺も知らずに、主は即座に答えてしまった。
「似たような話がたくさんある気がするんですが
どこにでも増長するヤツはいる、って事なんですかねー。
にしても、そのような質問をなさるとは
恐れ知らずでいらっしゃるー。」
「どういう意味だね?」
いぶかしげに大臣が訊ねる。
「閣下は “真実” の正体に、お気付きになっていらっしゃるはずー。
真実なんて、人 × 場所 × 状況 の数だけあるものですー。
つまり今この場での真実も、閣下がお決めになるんですー。」
主が眉ひとつ動かさずに、恐ろしい事を言う。
「ただ、ひとつだけ言えるのは、真実をもて遊んだらロクな事にならない
と、歴史が証明している事ですー。
だから真実を謎掛けにするなど、“恐れ知らず” って言ったんですー。
閣下は先程の問いの答は
もう、ご自分で持ってらっしゃいますよねー?」
「何故そう思う?」
「閣下が大臣だからですー。
迷いがあったら勤まらない地位だと思うんですー。」
大臣は、葉巻をもみ消した。
「あなたには、迷いはないのですかな?」
主は自分がしくじった事に気付く。
続く。
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