そしてみんなの苦難 13

奇妙な沈黙が漂う。
主は微動だにせず、無言であった。
 
「何故、返事をしないのですかな?」
しびれを切らせた大臣が問い直す。
 
 
「あー、すみませんー。
 今まさに迷いまくっておりましたー。
 すみません、無理ですー。
 どうやっても私には、この場では “真実” を作れませんー。」
その棒読みと無表情が、諦めを感じさせる。
 
 
「では、あなたは、私が作る “真実” とやらを
 受け入れる覚悟がある、という事なんですかな?」
 
大臣は、厳しいまなざしで主を威嚇する。
主は何の感慨もなさげに、ごく普通に答えた。
 
「はいー。 しょうがないですねー。
 どうせ他人の血も自分の血も、区別がつきませんしねー。」
 
タリスの背中に冷たい筋が走った。
主は失敗してしまったのだ。
それはすなわち、自分の死をも意味する。
 
 
主をジッと睨む大臣。
タリスは身動きが出来ない。
今ここで指の1本でも動かせば
反撃しようとした、と見なされて蜂の巣にされるかも知れないのだ。
 
だが自分は護衛。
何か打つ手はないか、と目玉だけ動かした時に
タリスの目に、主の背中が映った。
 
 
いつもと変わらぬ、いや、いつも以上に静かな背中。
まるで雪が降り始める前の音が聴こえるようだ・・・
 
タリスは、思わず目を閉じた。
故郷の、冬の枯れ野原が眼前に広がる。
 
 
大臣はわっはっはと笑った。
タリスは我に返った。
 
ここここんな時に、自分は何を思い巡らせているのか。
改めて、背筋が凍りつく。
 
 
「いや、聞いていた通り、率直なお方だ。
 よろしい、子供をお譲りしましょう。」
「ありがとうございますー。」
頭を下げた主に、大臣が言う。
 
「どうですかな?
 予定を延ばして、晩餐もご一緒してはいただけませんかな?」
「光栄なお話ですが、今日発ちたいのですー。
 申し訳ございませんー。」
 
「そうですか・・・。
 もちろん、無理強いは、しませんよ。
 また次の機会にでも・・・。」
その寛容さを演出するような口調に、タリスはゾッとした。
 
 
丁重にお礼の挨拶をした後、宮殿の廊下を歩くふたり。
「ここを生きて出られるなんて信じられない・・・。」
 
解けない緊張に、無意識につぶやいたタリスを主が戒める。
「シッ、さっさと行きますよー。」
 
 
ホテルの部屋に戻ると、マナタがノンキな顔で訊いてきた。
「どがいだったかね?」
 
「はいー、とても良い人でしたよー。」
主がそう答えると、マナタが驚く。
「ほお、おみゃあさんでもお世辞を言うだかや?」
その図星に、主はロコツに嫌な顔をした。
 
 
マナタが部屋を出て行った後、レニアがコソッと訊く。
「で、本当はどうでしたの?」
 
「自分以外の暴君って、間近で見るのは初めてでしたけど
 ものすごい邪悪な迫力でしたよー。
 格が違う、って思い知らされましたー。
 晩餐に誘われたんですけど、断りましたー。
 もてなしで猿の脳みそとか、いかにも出しそうな人でしたもんー。」
 
思わずタリスも横から口を挟む。
「帰してもらえたのが奇跡ですよ。
 これはもう、さっさと立ち去った方が無難ですよ。」
 
うなずきながら、主が続ける。
「クリスタルシティに着くまで安心は出来ませんよー。
 そういう奇跡は、また別のいたらん奇跡も連れてくるものですからー。
 いきなり気が変わって、首チョンパされたくないですからねー。
 書類が揃い次第、さっさと出国しましょうー。」
 
ふたりのささやきに、レニアは卒倒しそうになった。
「止めてー。 今、体調不良にならないでー。
 この国を出るまで耐えてーーー!」
主が小声で叫び、タリスが慌ててレニアを支える。
 
 
ふたりは心底ビビり上がっていたが、確かに執念深そうな男である。
これ以上長居して、機嫌を損ねる可能性を作るのは避けたい。
 
何しろ、主は “率直” なのだから。
 
 
続く。
 
 
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