「本当にもう帰るだかー。 寂しいだすよー。」
別れを惜しんでいるのは、マナタだけであった。
さっきの今だと言うのに、手元にはグリスの書類が揃っている。
大臣の実行力と権力の大きさに、感謝どころか逆に震え上がる。
「マナタさん、本当にお世話になりましたー。
お礼と言っちゃ何なんですが、これ、貰ってくださいー。」
主が、駄菓子がまだまだ一杯詰まっているバッグを
えいやっ とマナタに投げ付ける。
「おおーーー、嬉しいじゃがよー!!!」
本気で大喜びするマナタに、タリスは聞きたくてしょうがなかった。
おまえ、本当はマトモな英語を喋れるんじゃないのか?
あの大臣が、身内のこんなヘンな英語を許すとは思えない。
我々を油断させるための芝居なんじゃないのか?
そうタリスを疑心暗鬼にさせるほど、大臣の雰囲気は恐ろしかったのだ。
だが、訊く勇気などない。
大学の課題のひとつとして、何気なく選んでちょっと学んだこの国だが
遠くで学ぶのと、実際に体験するのでは大違いであった。
もう、この国とは一切関わりたくない!
タリスの完璧なビビりを察知せずに、マナタはのんきに言った。
「わすがそっちに行った時には案内して欲しいでんがな。
タリス、メルアドを教えてけろ。」
捨てアドをマナタに教えて、やっと機上の人になれたタリス。
あまりの緊張が過ぎ去って、行きとは違って気が抜けたように
窓の外を見つめながら、ボンヤリと回想していた。
普通に勤務していたら、絶対に味わえない経験だった。
それも今こうやって無事でいるから思える事である。
タリスは何気なく主の方に目をやる。
主は相変わらず携帯ゲーム機を凝視していて
その隣では、レニアが眠りこけている。
そして、その隣に黒い子供が緊張した様子で座っている。
俺はこの子のために、ここにいるわけだ・・・。
慣れない警護に苦労しつつ、死刑になるかも知れない恐怖に直面し
それもこれも、この子供のために
主様が一瞬で決めたこの子供のために・・・。
タリスはやりきれない気持ちだった。
無口で沈着かつ冷静である、と自負していた自分が
土壇場ではこんなに取り乱す人間だったとは、想像もしていなかった。
情けないし、恥ずかしい。 これで軍人と言えようか。
思わぬ自分を突き付けられ、頭を抱えてしまう。
結局、館の事も何ひとつ知る事が出来なかった。
わかったのは、主が変わり者らしい事だけ。
しかし、主が何故、主でいられるのかはわかった気がする。
奪う事にも奪われる事にも執着のない人物。
このお方はきっとこれからも、あの何を考えているのかわからない無表情で
ひとり直進して行くのだろう。
ひとり・・・・・?
じゃあ、この子供はどうなるのだろう?
小さなか細い薄汚れた子供。
タリスは、いかにもオドオドして座っている子供の方を見た。
子供はキョロキョロと目玉だけを動かして
オドオドとしつつ、居心地が悪そうだったが
ふと、タリスの視線に気が付いたのか、振り向いた。
タリスと子供の目が合う。
子供は怯えた表情のまま、一生懸命に笑みを作った。
「あー、だから主のお供にしたくなかったんだ・・・。」
書類を手に、将軍は溜め息を付いた。
“転属願い”
“館警備への転属を希望いたします
タリス”
終わり
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そしてみんなの苦難 14
Comments
“そしてみんなの苦難 14” への7件のフィードバック
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こんにちは。久しぶりにコメントしてみました。
小説、終わってしまいましたね。
続きがいつも楽しみでした。
あしゅさんの小説は「館」シリーズが特に好きです。
主の名前を出さないというのは
つかみどころのない彼女の不思議な雰囲気が際立っていて、
かっこいいな、と思っていました。私はマナタさんがあやしくて大好きです。
そして捨てアド渡して逃げるタリスさんもなかなか。
みんな個性的で楽しいですね。とても面白かったです。また寄らせていただきますね。
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まさかの捨てアドにクスッとしたのが私だけじゃなくてよかった!
転属願い出しちゃったんですね。なるほど~。
タリスの館での苦労も、ちょっと見てみたかったかも。連載おつかれさまでした。
あしゅ先生の次回作に期待しています(おめめきらきら)← -
ゆかり、ありがとうーーー!
主の名前を出さない事に気付いてくれて。マナタ・・・、気になるよね・・・。
こいつ主人公で書くなら
ハードボイルドになってしまうけど
武器とか政治とか、調べるのが面倒だから
こいつは、いなかった事に(笑)“やかた” が好きって言われると
感慨深く嬉しい。
私の小説の原点だから
何だか特別に感じるんだよな。miu、その “先生” 呼ばわりに
不穏なものを感じるのは気のせいか?(笑)あ・・・、タリス、次回作ではあまり出て来ないかも。
しかもその、次のグリス編は
“やかた” のイメージが壊れるかも。というか、グリスはよそから来たヤツだから
やかたのイメージじゃないのも、しょうがないかな。とりあえず、謝っておこう。
万が一は、ほんとすみませんーーーっ! -
今回はさくっと読み終わりました。
さー、続きも読むぞぅ!私もね、小説を書きたいと思ってました。
中学の頃・・・えらい大昔ですが(笑)あしゅさんの小説は映画を見ているような気分になります。
なんでだろ?
私が勝手に脳内で映像化しているせいでしょうけれど。他の記事も興味関心のある事が私とかぶっていることが多い。。ぜひ生でお話してみたいものです♪
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まあり、ありがとうー。
リアルでは話が合う人がいない・・・。
興味のある事柄が、まったくかぶらない。
美容やファッションの話題まで!周囲がするのは、飲食店の話や料理、観光
手作り系の小物作りみたいなんばっかり。
私にはつまらない・・・。まあ、私が特殊なんだろうけど
ここに来るような感覚の人は
一体どこにいるんだろう?
と、よく思うよー。 -
読み終わりました~。
さっき死んじゃったアッシュの生きてた時代がまた読めてうれしかったです~。
アッシュがグリスを連れて戻ってきたのは本編でわかっているのに、大臣との対峙のシーンでの緊迫感ははんぱなかったです!
ギャル風に表現すると、やっべえ~パねえ~みたいな~。
さ~て次いってみよう~♪ -
una、ありがとうーーー。
そういう具体的な感想が
えらい参考になって、凄く嬉しいよー。読んでくれる人の事を
考えずに書いてるもんで
私の今年の目標は、エンターテイメント性だな。・・・いや、それは雑談記事でやってるから
小説は、もっとストイックに偏向的でも良いんかな。とか、こうやって考えるんで
ものすごく参考になるんだよ。
感想を、ほんとありがとうーーー!
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