亡き人 38

「映像を撮るのは構いませんけど
 できれば一生、隠しておいてください。
 大事なのは、生きていく人たちですからね。」
 
弱々しく喋っている、ベッドに横たわる老婆。
かすかにゼロの面影がある。
 
「ふふ、生霊だなんて知らずに、自由に動き回っていたせいで
 目覚めてみたら、年齢以上に体にガタが来ていたわ。」
 
 
私は幸せな人生でした。
両親には可愛がられ、愛する男性と結婚して
何不自由ない暮らしをしていました。
 
それがどうしてこうなったのか・・・。
目覚めてみれば、夫は他に家庭を持ち
両親は既に他界し、ひとりぼっちになっていたのです。
 
もう思うように体も動きません。
多分あとちょっとで、私の命は尽きるのでしょう。
 
 
何も生み出せず、残せなかった私の人生
普通はこのままだと、きっと成仏できずに
本当の霊になって、さ迷っていたでしょう。
 
だけど私は幸せだったと思えるのです。
あの子たちの側で過ごした数ヶ月間
まるでそのために私は生まれてきた、とすら思えるのです。
 
今も目を閉じて想うのは、あの子たちの事ばかり。
どうか幸せになってほしい
何の打算もなく、心からそう願える。
その瞬間、自分がとても美しい魂を持った気分になれるわ。
 
こんな気持ちで死んでいけるなんてね・・・。
・・・ありがとう。
 
老婆は微笑むと、目を閉じてひとつ大きく息を吐いた。
 
 
 
次の瞬間、カッと目が開く。
「こんなのを、おめえら “良識あるオトナ” は
 期待してるんかよ?」
 
カメラに向かって、中指を立てるその姿は
辛そうにベッドに沈み込んでいても
まぎれもなく、“ゼロさん” だった。
 
 
「いや、日本人なら、こうだな。」
握り拳の人差し指と中指の間から、親指の先を出す。
 
「なあ? スピリチュアル(笑)・長崎ぃ~~~っ。」
 
映像を撮っているのは、スピリチュアル・長崎のようだ。
「予定と違うではないか、勘弁してくれ。」
 
 
「この “ゼロさま” の話を、そんな美しく綴らせねえぞ。
 私に関わったんなら、最後まで付き合うしかねえんだよ!
 特におめえは、私を退治しやがったしな。」
 
「恨まれる筋合いはないぞ。
 あのままだと、本当に浮遊霊になってたのだぞ。」
 
 
ゼロが枕元の雑誌を、スピリチュアル・長崎に投げつけた。
 
「それでも良かったんだよ!」
 
 
 続く。
 
 
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