「勉強を頑張ったようですね。
10歳でハイスクールの課程まで終わらせるとは凄い事です。
それで今後の学業の方針を話し合いたいのですが、希望はありますか?
学校に通って、同じ歳の子たちと友達になるのも良いと思いますよ。」
2度目の長老会会議室には、ほぼ全員のメンバーが揃った。
ジジイも主もリオンもいる。
テーブルの端に座らされたグリスは、緊張しながらもはっきりと答えた。
「勉強の方は、少しペースを落として
教養の一環として、先に進んでいきたいと思っています。
学校は、相応の年齢になってからの大学進学を考えています。
私の役目は主様の跡を継ぐ事なので
主様のお側で、館の事を重点的に学んでいきたいのです。」
おおーっ、と、どよめきが起こった。
何てしっかりした子なんだ これなら安心だ の声が上がる。
「いやあ、この主が連れてきたから心配しとったが
こんなに利発な子だったとは、良かったですなあ。」
太っちょ紳士の言葉に、主が格好をつけてフッと笑う。
「天才は天才を呼ぶものですよー。」
「天災もどきが何を言う!」
「そもそも、きみは教育に関わってないだろう。」
「今後も頼むから、なるべく大人しくしとってくれ。」
四方八方からの罵倒にも関わらず、主は涼しげに茶をすすっている。
その貫禄ある姿に、グリスは見とれてしまう。
「では、次期主様と話し合ったこれからの方針ですが・・・。」
リリーが事務的に資料を読み上げる。
「学業の方は、週2回の一般教養と、週1回の専門教育
運動はこれまで通り毎日
新しく加わるのが、元主様による “館講座” で
館の歴史などを知ってもらう目的です。
その他の時間は自由時間とし、住人たちと触れ合うも
主様のお仕事を観察するも、ご本人の自由といたします。」
「うむ、それで良いでしょう。」
メンバーたちは納得したが、主から異議が出た。
「ちょっと待ってくださいー。」
「何だね? 何か不都合でもあるかね。」
「はいー。
あまりにも出来すぎな子ですので、歓迎されているようですが
次期主になる事の真の意味を、皆さんにも本人にも
もう一度よく考えてもらいたいのですー。」
主はグリスの方を向いて、問いかけた。
「主になるという事は、館のために人生を捧げる事なのですー。
己を捨てなければなりませんー。
あなたにその覚悟があるのですか-?」
「ちょっと待ってくれ、きみがいつ己を捨てたかね?」
メンバーのひとりが、容赦ない突っ込みを入れた。
「はあー? 私、すんげえ自分を捨ててるじゃないですかー!」
メンバーたちから、再び口々に非難が殺到する。
「あれでかね!」
「わしたちには言いたい放題じゃないか。」
「ちょっと言えば3倍にして返すくせに。」
主がいきりたつ。
「アホかー!
館じゃ四六時中、善人ヅラしてるのに
ここでまでそんなんやっとられんわー。」
「館じゃ本当に立派にやってるのかね?」
メンバーがリリーに訊ねる。
「え・・・、まあ、“主様モード” というのはあるようですが
ご本人がおっしゃるほどの態度の違いはないですね。」
「ええええええええーーーーー?」
「ほら見ろ、きみは常にきみなんだよ!」
うぐぐ、と言葉を詰まらせる主を見て、グリスがふふっと笑った。
キッと睨む主に、慌てて謝る。
「あっ・・・、すみません。
主様は本当に皆様に愛されていらっしゃるんだなあ
と思って、つい・・・。」
その言葉に、その場にいた全員が異論を唱えた。
「冗談じゃない!」
「今のは主に注意をしていただけなんだよ。」
「こんな凶暴な女は願い下げだ。」
「我々は職務としてやっているだけなんです。」
「ちょっとー・・・、今どさくさにまぎれて
誹謗中傷をしたヤツがいませんでしたかー?」
主が目ざとく追求すると、メンバーの全員が四方に目を逸らした。
クスクスとグリスが笑う。
「ほら、やっぱり愛されていらっしゃるじゃないですか。
大人の世界では、言いたい事を言い合えるのは
本当に信頼し合った仲じゃないと出来ない、と習いました。
皆様は主様を信頼していらっしゃるんだと、お見受けします。
さすが主様、私の誇りです。」
全員が呆然とする。
「言いたい事を言ってるのは、主だけだと思うが・・・。」
「私らは言いたい事の半分も言わせてもらえていないんですがねえ。」
「・・・にしても、彼の崇拝ぶりは凄いですね。」
「こんな少年まで毒牙にかけるとは・・・。」
同情の目をグリスに向けるメンバーに、主が溜め息をつく。
「いや、私だってまさかこんなになるとは思っていなかったですよー。
ほんと、この子のこの盲信には参っているんですよー。」
「え・・・、ぼくがお慕いするのは、主様に迷惑なんですか?」
泣きそうな顔をして訊くグリスを見もせずに、主が答える。
「だって好いてくれてる人の期待は裏切りにくいでしょうー?
良い人ぶらなきゃいけなくなって、すんげえ疲れるじゃんー
面倒なんですよねー。」
その言葉をメンバーが注意する。
「その言い草はあんまりじゃないかね?
言いたい事はわかるが、相手はまだ子供なんだよ。
大人として、もうちょっと考えて発言すべきだろう。」
「この子は私の跡継ぎ候補なんですよー。
良い事も悪い事も知っておいてこその、尻拭い要員でしょうー?
だから、この子にだけはウソやキレイ事は言いませんー。」
「そ、そういう教育は、どうかと・・・。」
戸惑うメンバーに、グリスが答えた。
「皆様のご心配には、感謝いたします。
ですが、ぼくの人生は主様に与えて貰ったものです。
ですから、主様のすべてを受けとる覚悟をしております。
主様がどんなお方でも、ぼくの尊敬に揺らぎはありません。」
無言になったメンバーの心情を、主が代弁した。
「ほんと、すいませんー。
ある種のモンスターを作っちゃいましたー。 あははー。」
はあーーー・・・、と頭を抱えるメンバーであった。
続く
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