かげふみ 10

駐車場にリオンの車が停まっているのを見ると
グリスは必ず主の寝室に行き、リオンに挨拶をするようにした。
 
リオンはいつもゲームを中断させて、グリスと会話をした。
ニコニコしながら語るリオンの会話の内容は
主に負けず劣らず、ドス黒いものだったが
グリスは一生懸命に聞いていた。
 
 
それはリオンが主の唯一の、“友達” とも呼べる存在だったからである。
跡継ぎの自分にさえ丁寧語を使う主が、リオンにはひどい言葉遣いで喋る。
 
特にゲーム中の罵倒は凄かった。
その怒鳴り合いが、えらく仲が良いものに見えて
グリスには耐えられず、主が心配するのとは逆にゲーム嫌いになった。
 
でも主様の好きなお方の傾向を学ぶ必要がある。
避けるのは簡単だけど、それじゃ進展しない。
何よりも、ぼくがリオンさんと仲良くするのを
主様は望んでいらっしゃるのだし。
 
そう決心したから、主が来ていない内にリオンへの挨拶を済ませ
主とリオンがふたりでいる場面を避けていたのである。
 
 
同じく主と仲が良いと思われるジジイには、この心理は働かなかった。
それどころか、ジジイには主に相談できない事もできた。
 
グリスには、この自分の心のムラが不思議だったが
ジジイからしたら、当然の事である。
 
主はわしの娘みたいなもんじゃ。
そしてグリスは孫。
放置気味の娘の子を、祖父が面倒をみているのと同じじゃな。
 
ジジイは自分の役割りを最初から完全に把握していた。
グリスには自分を “おじいさま” と呼ばせた。
 
あの大雑把な主には、周囲のこんな繊細なフォローが大事なんじゃ。
そういう事に気が回るわしはさすがじゃのお。
ジジイはひとりで悦に入って、グリスを猫可愛りした。
 
 
ある日ジジイが何気なく発した事から始まった。
「主も昔はもっと明るかったんじゃがの。」
 
このひとことに、グリスが引っ掛かった。
「何かあったんですか?」
 
ジジイは一瞬、しまった と思ったが
自分の武勇伝も語りつくしたし、館の歴史もあらかた教えたし
この館の現在に至るまでの経緯で、やはりローズの話は外せない。
 
 
そこで主とローズとの出来事を、出来るだけ客観的に伝えた。
ジジイにしては、余計な誇張もせずに淡々と正確に話せたのだが
それを聞いたグリスの心は衝撃にみまわれた。
 
あの主様にそんな大事な人がいたなんて・・・。
 
そのショックの大きさは、ジジイにも伝わるほどで
大丈夫か? の言葉も届いていない有り様である。
 
 
おじいさま、すみませんが、今日はもう休みたいので
やっとの事でそう言うと、グリスはヨロヨロと寝室に入っていってしまった。
 
ジジイは、時期尚早だったか、と後悔したけど時既に遅し。
慌てて事務部に行って、リリーの姿を探す。
 
こんな事を主に言っても、それがどうした? で終わってしまうじゃろう
と言うか、問題視されたら、しばかれかねない。
リリーちゃんにグリスの様子に注意しておくように言わなければ。
 
 
リリーは総務部にいた。
「ちょ、ちょ、リリーちゃん、ちょっと・・・。」
ドアの陰からコソコソ呼ぶジジイを見て
また主様と何かあったのかしら? と、ウンザリした顔で側に行くリリー。
 
ところがジジイの話を聞いても、ピンとこない。
「館の歴史を教えるという事は、その事も当然言わなくてはならないでしょう。
 何が問題なんでしょうか?」
 
この言葉を聞いて、現実的すぎる女はいかん! と悟ったジジイは
とにかくグリスの様子に注意するように、と言い残して
グリス護衛のタリスのところに走った。
 
 
タリスはジジイの話を聞いて、青ざめた。
おお、やっと話がわかるヤツがおったわい、と安心するのもつかの間
タリスはつい、非難めいた言葉を洩らしてしまった。
 
「あんなに主様をお慕いしているグリス様に
 何故そのような話を・・・。」
 
その当然の責め言葉に、ジジイはつい自己正当化をしてしまう。
「わしはわしの教えるべき事を教えただけじゃ。
 あんたは軍人じゃろう?
 何かね、この国の軍は上の立場の者を非難するのを良しとしとるのか?」
 
その言葉にグウの音も出ないタリス。
「申し訳ありません・・・。」
と、頭を下げるしかなかった。
 
 
「とにかく、そういう事情じゃから
 グリスの様子には、くれぐれも注意するように。」
それだけ言い残して、敬礼をするタリスに背を向けて立ち去った。
 
わしも酷い人間じゃのお・・・
心の底では、自分の態度をなじりつつ。
 
 
 続く 
 
 
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