かげふみ 11

グリスはひどく落ち込んでいた。
主の心には、決して消せない人物が住み着いている。
 
冷静に考えれば、そんな関係のヤツなど
誰にも、ひとりふたりはいるわけだが
それすらも容認できない自分の心の未熟さも腹立たしい。
 
主とローズの母娘のような愛が
何故、自分のところにも降り注がれないのか。
 
いや、ぼくが欲しいのは、そういうのじゃないんだ
その事にも気付かされ
グリスは、自分が穢れた人間のような気分に陥っていた。
 
 
表面上は普通に振舞い、ジジイの授業もあれから何度かあったが
グリスは葛藤を誰にも言えずにいた。
そんなグリスの心理を、ジジイは見抜いていた。
 
「のお、グリスや。
 学校に通って、同年代と遊んでみてはどうかね?
 ここに閉じこもっているのは
 おまえの年では、あまり良くない事だと思うんじゃが。」
 
ジジイのこの言葉は、決して責任逃れではない。
グリスの心には、主との世界しかない。
それがグリスを追い詰めている。
もっと広い世界を見せねば、純粋にそう案じての提案だった。
 
 
グリスはジジイのこの提案に、一筋の光を見た想いだった。
ぼくが生きる場所は、ここだけじゃないんだ
他の世界へも行ける!
 
・・・だけど、そうすると主様からは離れる事になる・・・
 
グリスの悩みは、そこへと移り変わっていった。
何日も何日も、その事で頭が一杯だった。
主の元へも通う事が出来なくなっていた。
 
主はリリーから、ジジイの話を聞いていた。
ほお、最近姿を見せないと思ったら、そういう事かあ
でもローズの事が、何がそんなにショックなんやら
主もリリーと同様の感想を持った。
 
 
そんなある日、グリスは主とバッタリ鉢合わせた。
道場での運動の帰り道に、牧場を視察に行く主と遭遇したのである。
 
「しばらく顔を見せませんでしたねー。
 元気でやっていますかー?」
 
グリスの状態は、ジジイから聞いて知っているはずなのに
事もなげに 「元気か?」 などとシレッと言う主に、腹が立って
グリスはつい、試すような事を口走ってしまった。
 
「ぼく、学校に通ってみようかと思うんですが
 主様はどうお思いになりますか?」
 
主はその言葉が嬉しいかのように、笑って言った。
「それは良い事だと思いますよー。」
 
その言葉にガックリときて、立ち去ろうとしたグリスに主は言った。
「ちょっと一緒に来てくださいー。」
そして、周囲の人々にその場で待つように告げた。
 
 
主はグリスをうながして、ゆっくりと歩き始めた。
遠くに見える厩舎や家畜小屋、茂る畑。
鳥が鳴きながら、滑空していく。
少し乾いた風が、気持ちの良い季節である。
 
眩しそうに空を見上げ、立ち止まる。
そして振り向いた主の瞳には、館が映っていた。
 
 
「この館は今でこそ、こんなマトモな姿ですー。
 でも、ここは決して “正しい場所” ではないんですよー。
 あなたは幼い頃からここにいるー。
 それが私にはとても心配なんですー。」
 
自分に見とれるグリスの方を見もせずに、主は言った。
「グリス、外の “普通の世界” を見に行きなさいー。
 色んな事を知った上で、自分の歩むべき道を選んでくださいねー。」
 
主のこの言葉はジジイと同じく、正に “親心” だった。
だけどその気持ちも、混乱しているグリスには届かなかった。
主の目には、館しか映っていなかったからだ。
 
 
ここを継ぐために連れてこられたのに
何故今になって、他の世界を見ろとおっしゃるんだろう?
ぼくは “いらない” と判断されたのか?
 
 
グリスはこの数ヵ月後に、街の小学校へ通う事を決心した。
 
 
 続く 
 
 
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