歩いて来るグリスらしき姿が鮮明になると、主は驚いた。
「ええっ? あれ、本当にグリスですかー?
えらい育って、別人じゃないですかー。」
その言葉に、ジジイは得意げに携帯画面を差し出した。
「ほれ、これがグリスの近影じゃ。
男の子は急激に成長するもんなんじゃよ。」
「あんた、待ち受けにまでー・・・。」
果てしなくドン引く主。
「そんな事より、もうそこまで来とるぞ、どうするんだね?」
慌てる将軍に、主が小声で指示を出した。
「あんたら出歯亀は気付かれないよう、伏せてくださいーっ。」
「で・・・出歯亀?」
「将軍、伏せるんじゃ!」
車内の床に這いつくばるジジイと将軍。
グリスが向かいの歩道を通過しようとしたその瞬間、主は車の窓を開けた。
ところが主はピクリとも動かないどころか、ひとことも発しない。
ただ、車の中からグリスを睨んでいる。
しかも機嫌が悪いのも手伝って、いつも以上の仏頂面である。
そしてそのまま窓を閉め、将軍に言った。
「車を出してくださいー。」
将軍は不自然な体勢で転がりながらも、素早くマイクを取り
運転手に車を出すよう告げた。
グリスの姿が小さくなり、やがて見えなくなると
ジジイと将軍はようやく体を起こして、同時に叫んだ。
「これだけかね!!!」
「何じゃ、今のは!」
「6.26秒だったぞ!」
時計を見ながら叫ぶ将軍。
コンマ00秒まで時間を計っているなど、さすが軍人である。
あっけに取られているふたりに、主は断言した。
「はい、これだけですー。
これでダメなら、もう私の出る幕ではありませんー。
さあ、帰りましょうー。」
「「「 ・・・・・・・・・・・・ 」」」
ジジイと将軍の報告を聞いた長老会メンバーは、言葉が出なかった。
うむうむ、その気持ちわかるぞ、とジジイがうなずきながら
ムービーカメラを取り出した。
「その時のグリスの様子は、ちゃんと撮っておいたぞ。」
「何だね、これ、逆さまじゃないかね。」
「うわあ、手ブレが酔いますねえ。」
「ムチャ言わんでくれ。
隠れながらも、手を伸ばして必死に撮ったんじゃぞ。」
カメラに写ったグリスは、激しく驚いた表情のまま固まっていた。
「おお、驚いとる驚いとる。」
「さぞかし肝を冷やしただろうなあ。」
「あの主が般若顔で突然現れたんですもんねえ・・・。」
グリスに同情の声が寄せられたところで、ジジイが続けた。
「でな、わしらも手土産なしでガキの使い、ってわけにもいかないんで
帰りがてらに主の恋愛歴など、探ってみたんじゃ。」
「へ? 何故いきなり恋愛歴ですか?」
「いや、それはアリかも知れん。
押すと男は逃げたくなるが、引くと追いたくなるものだろう?
今回の主の行動は、それの応用だとも思われるぞ。」
「ああ、なるほどー。」
「主の恋愛事情・・・、それは、ちょっと興味がありますねえ。」
「「「「「 で、何ですって? 」」」」」
メンバー全員がジジイに期待の眼差しを向け
ジジイは調子に乗って、主の口真似をし始めた。
「はあー? 恋愛ー? よくわかりませんねー。
向こうから好き好き言ってきたくせにー
付き合ったら何故かすっげえ憎まれて、突然別れ話されちゃってー
すんなり別れてあげたのに、陰で悪口言われ始めてー
私の恋愛なんて、全部こんなんですよー。
何なんですかねー、あれってー。」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・ダメ・・・って事・・・なんじゃないですかねえ・・・。」
「・・・予想を微塵も裏切らない経歴だな・・・。」
愕然とするメンバーに
ジジイが更なる “主のお言葉” を再現した。
「これで美人だったら、悪女の称号でも貰えて
傾国とかしちゃってたんかも知れませんがー
ブサイクなんで、単なる性悪女で済んで
目出度し目出度し、ってなもんですよー。
皆、遺伝子元の私の親に感謝すべきですよねー。」
あああああああああーーーーーーーーーっっっ
と、メンバー全員が頭を抱えた。
「やはり、主を行かせたのは間違いだったんじゃ?」
「それよりも問題なのは、この調子じゃ
いつまたグリスくんが出て行くかわからん、ってところだぞ。」
暗い雰囲気になった会議室に、声が響いた。
「グリスくんは戻ってきまーす。」
声の方向を見ると、ケーキを食うリオンだった。
「何故そう言いきれるんだね?」
その問いに、リオンはニコニコしながら答えた。
「私は主の恋愛傾向を間近に見てるからでーす。」
その言葉に一同がドヨめき立ち、リオンに詰め寄った。
「あの主が恋愛しているんかね!」
色めき立つメンバーたちを、リオンが諭す。
「やでーすねえ、皆さん、他人の恋愛話には首など突っ込まないのが
紳士の心得じゃないでーすかあ。」
「この場合はわけが違うんだよ! あの主の事なんだよ。」
「セクハラ、パワハラとかありますしね。」
「そう。 館の平和を脅かしかねん可能性もある。」
リオンは溜め息を付いた割には、嬉しそうにしている。
「そうでーすかあ? しょうがないでーすねえ。
じゃあ・・・」
そしてせきを切ったようにペラペラと喋り始めた。
続く
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