かげふみ 18

 グリスの話が終わった後、ちょっと間を置いてアスターが言った。
「ぼくにはその人が、とても可哀想に思えるよ。
 大事な人を失って、結婚もしていないんだろう?
 今の時代、こういう事を言うと怒られるかもしれないけど
 女性がひとりでいる、ってのは
 男性よりも辛い事もあるんじゃないかなあ。」
 
「そんな事はないよ、あのお方はとても強い意志を持ってらっしゃる。
 いつだってひとりで立って、真っ直ぐな視線で前を・・・。」
そう言い掛けて、グリスはハッとして考え込んだ。
 
そう、あのお方は時々立ってらっしゃった。
執務室のあの窓辺に。
 
 
その窓の外には花壇がある。
まだ主様の元へ通えなかった頃
主様のために花を植え直すと言うから、ぼくも手伝ったんだ。
 
あの頃はまだローズさんの事も知らなかった。
ただ主様の喜ぶ顔が見たくて、一生懸命に植えたんだ。
 
ふと気付いたら、執務室のレースのカーテン越しに人影があった。
主様だった。
微笑んでいただけるかとドキドキしたけど
主様はふいっと部屋の奥に消えて行って、ぼくはとても悲しかった。
 
だけどあの時のあの主様の顔・・・
今思えば、あれはいつもの主様の無表情じゃない。
無表情さにどこか陰が差していた。
 
主様はあの時、どういうお気持ちだったのだろう
鮮やかな色のバラ、今は亡き大切な人の名がついた花の前で・・・。
 
 
「ぼくは・・・、主様のため主様のため、と言いながら
 真には主様の事を考えていなかったのかもしれない・・・。」
 
グリスは頭を抱え込んだ。
「ぼくは何て事をしてしまったんだろう!
 大好きで大好きで、ずっと側にいると誓ったのに
 その気持ちから逃げ出してしまったなんて!!!」
 
今度は違う絶望が襲い、再び嗚咽するグリス。
その背中を優しくさすりながら、アスターは言った。
「でも、そのお方はきみを迎えに来てくれたじゃないか。」
 
「迎えに・・・?」
グリスが少し顔を上げた。
 
「うん、ぼくにはそう思えるよ。」
アスターが微笑みながら答えると、グリスは目を宙に泳がせながら
ボソボソとつぶやき始めた。
 
「迎えなんだろうか・・・。
 いや、あのお方がそんな事をするはずがない・・・。」
 
 
でも、首都に用事などあるわけもない。
そしてあの車は、確かにぼくを待っていた。
軍の公用車だった。
多分、将軍が手配したのだ。
だからきっと、長老会に命じられたのだ。
 
いや、あのお方は、イヤだと思ったらテコでも動かないお人だ。
来たという事は、主様に来る意思があったはず。
 
 
グルグルと考えるグリスに、アスターがとんでもない提案をした。
「ご本人に直接訊いてみたら?」
「主様に・・・?」
「うん、電話して。」
「電話・・・?」
「うん。」
 
アスターは、立ち上がって机の上に置いてあったグリスの携帯を取った。
「ほら、これで。」
 
携帯を手渡されたグリスは、しばらくそれを唖然と見ていた。
主様にお電話など、しても良いものだろうか?
もし、拒否されたら・・・?
 
携帯を持つ手を震わせるグリスに、アスターが言った。
「大丈夫、ぼくの読みを信じて。」
 
 
 続く 
 
 
関連記事 : かげふみ 17 11.12.15 
       かげふみ 19 11.12.21 
       
       かげふみ 1 11.10.27 
       カテゴリー ジャンル・やかた
       小説・目次

Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です