かげふみ 24

翌日の午前中に、さっそくジジイとリリーは
性犯罪冤罪や女性とのトラブルについて、学習室でグリスに講義をした。
グリスは熱心にノートを取りながら聴いていた。
 
「・・・と、このような事例が現実に起きております。
 これらは交通事故と同じで、いつ自分の身に降りかかるかわかりません。
 自分に落ち度がなくても、被害に遭う可能性もあるのです。
 だから常日頃から、自分のお立場を自覚し
 充分に注意して、節度ある言動をなさいますように。」
 
「ありがとうございました、リリーさん。
 とてもわかりやすくて、勉強になりました。
 そんな可能性には気付かずに、皆さんに接していました。
 今後は気をつけすぎるぐらいに気をつけようと思います。」
 
礼儀正しく頭を下げるグリスに、ジジイが訊いた。
「おまえは、自分が格好良いと思った事はあるかね?」
「・・・いえ、主様に避けられているので
 とてもそんな自信は持てません・・・。」
 
 
ああ・・・、主様の予想通り、
どうしても主様が嫌がる方向へ話がいくわね
リリーは内心、そう思った。
グリスと話すと結局は必ず、主様が主様は主様に、なのだ。
 
気のない相手からの、そういうアプローチは確かにうっとうしい。
だけど主様はそれもお仕事のひとつだし、とリリーは冷たく流していた。
 
 
「元様、次期様、魅力というものは人それぞれの嗜好がありますので
 自己判断は意味を成しません。
 相手に勘違いをさせない、ふたりきりにならない
 特別扱いをしない、心身共に距離感を保つ
 そういう具体的な対策を講じてくださいね。」
 
リリーの冷徹な口調に、ジジイは救われた。
ジジイはグリスの事となると、ついつい感情に流されがちなのだ。
 
にしても、うちの女性陣は冷めたすぎるのお
やはりわしぐらいは、グリスの気持ちをなだめてやらねば。
ジジイは、早々と自分の力不足を棚上げした。
 
 
その日の午後は、今度は4人で会議である。
執務室のソファーに座って、ああでもないこうでもない、と話し合った。
 
「この問題って、私の死後この館がどう変わるかに掛かってきますよねー。」
「主様! そういう事は・・・。」
グリスの横やりに、主が怒るかと思ったら
やけに優しく諭すように話し始めたので、驚くジジイとリリー。
 
「いいですか、グリス、これは大切な事だから心して聞いてくださいー。
 この館の改革は、私の死をもって完了する予定で進められているのですー。
 不吉な話題でしょうが、避けては通れない事なのですよー。
 私は、私の死後の館をあなたに任せるつもりなのですー。
 私のこの願い、聞いてくれますねー?」
 
 
“敬愛する主様のお願い” という、卑怯な手を使い
うっとうしい心配を封じる主。
グリスはその汚い手段に、まんまと騙される。
 
「はい・・・、私情をはさんで申し訳ありませんでした・・・。」
反省するグリスに、主は続けた。
 
「予定では、“宗教ではない宗教の館” ですー。
 それを前提にすると、管理者を “神官” にするのはどうでしょうー?」
 
 
「神官かね!」
長老会メンバーたちは度肝を抜かれた。
館での4人の話し合いでは、良い案が他に出なかったので
とりあえず長老会会議に掛けたのである。
 
「はいー。 何せジジイとババアだったんで
 主の “結婚” という項目までは、考えが及びませんでしたー。
 でも、この問題、ものすごく重要だと思うんですー。
 管理者だけが館に家庭を持つわけにはいかないでしょうー?」
 
「・・・そうですよね・・・、想定外でした・・・。」
「確かに、館で家庭を持つのは厳しいな。」
「神官だったら、独身を貫く、という掟も可能ですよね。」
「しかし、そうなると途端に宗教くさくなり過ぎるのがなあ・・・。」
ザワめくメンバーたち。
 
 
恰幅の良い紳士が問題提起をした。
「ひとつ問題点があります。
 州の公共の施設を宗教化しても良いのか、です。
 あの館は、今後も元犯罪者の厚生施設でなければならない。
 そこに宗教を持ち込んでも良いものでしょうか?」
 
「だからこそ、主の偶像化をするのでーす。」
リオンがケーキを食べながら言った。
 
「あんた、いつ見ても何か食っとるのお。」
「重責を担ってるんで、ストレスが多いんでーす。」
ジジイの突っ込みを、サラリと流すリオン。
 
「それより、主の偶像化とは何かね?」
メンバーたちが一層ザワめきたった。
 
 
 続く 
 
 
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